頷いた途端、紫は、ごく自然にボクに抱き付いて来た。彼の方が、少しだけ背が高い。

全体的に痩せてはいるけれど、成長の遅れなどは感じなかった。微かに盛り上る、背中や肩の筋肉…抱き締める手の大きさは、やはり成人男性のそれである。

「薙…やっと来てくれた。」

 紫の指が、ボクの頬をスルリと撫でた。

「迎えに来てくれて、ありがとう。これで、やっと『家に帰れる』。」

長い前髪から覗く、真っ直ぐな瞳。
痩せた両腕が、再びボクを抱き締める。
その背を本能的にポンポン叩くと…

「あぁ、これだ…。」

 ボクの首筋に鼻先を埋めながら、紫は気持ち良さそうに擦り寄って来た。

「さっきも、こうしてくれたでしょ?」
「う…うん。」

「すごく気持ちが好かった。久し振りに、グッスリ眠れたんだ。いい薫り…お母さんと同じ薫りがするね。」

 ──あぁ、そうか。

千里さんが逝ってしまった此の場所で、紫はずっと独りぼっちだったのだ。寂しくて眠れずにいたのだろう。

「それ、とても気に入った。また、してくれる…薙?」

「あ…あぁ、うん。そ…だね、機会があれば。」

社交辞令の様に、そう答えた。少し驚いたけれど、紫に他意は無いだろう。甘えているだけなのだ、多分。

 ──其処へ。
ザワザワと、複数の人の話し声が聞こえてきた。

「向坂家から迎えが来た様だな。」

 入口を振り返りながら、一慶が呟く。
彼の言葉の通りだった。