「そう。狐憑きとは、かくも恐ろしい存在だ。とは言え…それを幾ら言葉で説明しても、真の理解には程遠いでしょうね。」

 そう云うと。
真織は、不意に微笑み掛けてきた。

「良い機会です。実際に御見せ致しましょう。狐霊遣いのなんたるかを──!!」

 素早く何事か唱えると、真織は燃え盛る狐火に向かって、フッと息を吹き掛けた。

青い炎は、揺らいだ数だけ、無数の小さな狐火になる。そうして瞬く間に、部屋のアチコチに散らばった。

キキィ…キィ。
キィキィキィ…。

 小さな鳴き声が響く。

「首座さま、これが野狐(ヤコ)ですよ。奴らには、およそ知性や秩序というものがない。其処ら中に蔓延(ハビコ)っては悪さをする。」

 野狐(ヤコ)──?
ボクには、青い光の塊にしか見えない。
視界がチラつく。やはり、未だ散瞳薬が効いているのだ。

僅かな光源すら──眩しい。

「貴女は仰有いましたね。『天魔を受け入れる事で救済し、永きに渡る闘いを終結させる』と。実に素晴らしい心掛けだ。受け入れる事こそ、仏教の神髄!天魔を救う前に、是非この《狐憑き》の闇行者を救って見せて下さい。」

 ぅわん!と、空気が唸った。

「薙、伏せろ!」

一慶の叫びより一瞬速く、野狐の大群が襲い掛かって来る。ボクは反射的に頭を下げて、紫の体を抱き締めた。

すると──

「ノウマク、サンマンダ、ボダナン、キリカ、ソワカ!」

 一慶が素早く印を切り、真言を唱えた。
野狐の群れが一瞬で消滅する。

 ギィギギィ───ッ!

怖ましい断末魔の叫び。
見上げれば…空中に、青い蛍の様な残り火が、ふわふわと漂っていた。

「荼吉尼天(ダキニテン)の真言ですか──。流石は《金の星》の北天(エース)。相変わらず反応が速いですね、一慶くん。」

「荼吉尼天(ダキニテン)は、お稲荷さんだ。狐の親玉に、野狐が敵う筈がない。全てアンタが教えてくれた事だよ、真織さん?」

「…そうだったね。本当に素晴らしい生徒だよ、君は。」

 気位高く顎を聳(ソビ)やかす真織の表情には、まだまだ余裕がある。 次の手に打って出ようとしているのか、推し測る様に、此方の隙を狙っていた。