真織の顔に、酷薄な笑みを刻む《狐》の相(ソウ)がクッキリと重なって見えた。

一慶がボクを背に庇う。
それを見て、真織は一層きつく片頬を歪めた。

「貴女は良い。そうやって、いつも多くの人に護られ、尊ばれている。だが、私は違った。母だけでしたよ、私を庇ってくれたのは。」

 そう云うと…右の拳をグッと握る。

何か仕掛けるつもりだ。
力を集中させている。

 一慶が、刀印を結んで対峙すると、部屋の空気が俄(ニワ)かに緊迫した。

「私が狐霊遣いとなってからも…母だけは全く変わらなかった。私を理解しようと必死だった。…理解する?狐憑きを??如何に母の愛が偉大でも、所詮そんな事は不可能だ!」

 吐き棄てる真織に、ボクは堪らず切り返した。

「千里さんは、真織を本当に大切に思っていた。だから、理解しようとしたんだ。可能か不可能かの問題じゃない。最後まで、真織の味方になりたかったんだよ!!」

「成程…そういう見方もありますか。貴女は、存外ロマンチストだ。《狐霊遣い》は異能中の異能。とても常人に理解出来る様な境涯じゃない──それを。素人の母が理解しようとは、こんなに滑稽な話はない。それが母の愛ですか!?だとしたら、あまりにも馬鹿げている!」

「馬鹿げてなんかない!それでも千里さんは、真織の『母親』でいようとしたんだ!血の繋がりが無くても、千里さんは、真織の大切なお母さんじゃないか!!」

 真織は、ゆっくりと首を横に振る。

「…母親とは、実に愚かで憐れで哀しい生き物だ。我が子可愛いさに、成り振り構わず邪道に飛び込み、どんな犠牲も厭わない。それを、妄愛(モウアイ)と言うんですよ。」

「妄愛?千里さんの想いを…貴方は、そんな言葉で置き換えるのか!? 我が子に献身して何が悪い!それに真織には、叶さんがいる。受け入れてくれる人がいるじゃないか!ボク──ボクだって!!」

「妻は何も知りません。私が《狐憑き》だと知ったら、多分、一緒には居られないでしょうね。」

 自嘲気味に笑って、真織は又一歩、こちらに歩み寄る。

「そうなったら、貴女が私を受け入れてくれるのですか?…母の代わりに?? 妻の代わりに?冗談は、およしなさい。経のひとつも知らない貴女に、一体何が出来る?母の二の舞になるだけだ。」