キン──!

突然、鋭い金属音が響いた。
…と、次の瞬間。

『……な…ぎ…』

不意に親父の声がした。

「え?」

慌てて辺りを見回したけれど、それらしい姿は無い。診察室には、ボクと祐介がいるだけだ。

 …そう云えば。
さっきから看護師も入って来ない。

 空耳──?
そう思った瞬間、再び名前を呼ばれた。

『…な、ぎ…』

 ボクは目を瞬かせ顔て、目の前にいる人を凝視した。

「とうさん…?」

 そこに居たのは、紛れも無くボクの親父だった。
若くて長身の、坂井医師ではない。

『…其処にいるのか、薙…?』

 祐介の口を借りて、親父は語り掛けてくる。

「うん…いるよ。」

 震える声で答えながら、差し延べられた手を包み込んだ。温かい指に触れた途端、目の奥がジワリと熱くなる。

『また…泣いてるのか…?』
「え?」

 言われて初めて気が付いた。
ボクの両頬に、熱い涙が幾筋も川を成している。
泣くまいと思っていたのに、堪えていたものが溢れ出す。

『薙、俺がお前を…どう思っているか、なんて…考えるまでも、ないじゃないか…』

「父さん…」

『お前は、俺の自慢の子だ…だから…もう泣くな…。お前が泣くと、俺は心配で…いつまでも…向こうへ行け……ない…』

 息が止まりそうだった。
泣くなと言われても、涙は次々に溢れてくる。
泉の様に湧いて、止められない。
喉の奥に熱いものが込み上げて来て、言い訳の言葉すら出て来なかった。

嬉しい。
ただ、嬉しい。

『薙…』

祐介の声で、親父は言う。

『いいか…良く……聞きなさい。ここから先は、一人きりだ。自分の行く…道は…自分で決め…ろ…』

「うん。」

『今、ここにあるのは…ただの…骨だ。こんなものに…いつまでも促われるな。目に…見えるものに縋がるな。形…など無くても、父さ……は、お前…の側…に…』

「父さん!」
『…………』

 それきり。
言葉は、永久に途切れた。