「じゃあ…廊下の血痕も?」
「母のもので間違い無いでしょう。」

 真織は、あくまで淡々としていた。
先程から、ずっとそんな風で──それが、とても奇妙に思える。

母親の遺体を見ても、真織は全く動揺した様子が無い。寧ろ、ホッとした様にすら見えたのは…穿(ウガ)ち過ぎだろうか?

 喩(タト)え血の繋がりは無くても、真織は千里さんを『母』として慕っていた筈だ。

なのに…彼は、その母の死を喜んでいる。
そんな事、絶対にあって欲しくはないのに。

 押し黙るボクを見て──真織は、言い聞かせる様な口調で語り始めた。

「彼女は《狐憑き》でした。私に共鳴したばかりに…稲綱狐(イイヅナギツネ)に憑依されたのです。稲綱狐は、狡猾で霊力も強い。行者でもない母には、抵抗すら出来なかった。あッと云う間に塊儡(カイライ)にされてしまいましたよ。」

「だから、離れに幽閉したんですか?」

 いつも以上に抑揚の無い声で問い質す、蒼摩。

「私が?母を幽閉!? まさか!知っているでしょう?彼女はあくまで、『自分の意志で』黄泉比良坂を登ったのです。私は只、《門》の開錠を頼まれただけだ。」

「彼女が望んだから門を開けた…。黄泉比良坂を自らの意志で登った者は、二度と生きて戻れないという理(コトワリ)を知っていながら…貴方は、門を開けたのですね?」

 静かな──だが。たぎる様な怒りを籠めて、蒼摩は切り返した。彼の性格からは、まるで想像出来ないくらいに…憤り、苛立っている。

「何故止めなかったんです?貴方には、それが出来た筈だ。何れこうなる事を承知の上で、《黄泉の門》を開放するなんて…殺人も同然の行為です。貴方は、その責を負って然るべきだ。」

 峻厳な一語が放たれて──室内に、重い沈黙の帳(トバリ)が降りた。