『もうすぐ到着します…』

 頭の中に声が響く。他心通(タシンツウ)だ。
驚いて見上げると、其処には、真織の無感動な眼差しが在った。

 冷たく凍る、眼鏡の奥の瞳。
ボクを抱き寄せる逞しい腕だけが、火の様に熱い。

『ほら…すぐ其処に見えているでしょう?あれが当家の離れですよ』

 言われて、ふと顔を上げると…成程。
黒い瓦屋根の、小さな日本家屋が、虚空にボンヤリ浮かんで視えた。

 あれが、向坂家の離れ…だが。
どうやって彼処へ行けば良いのだろう?独り思案を巡らせていると、感情の籠らない声で真織が言った。

『離れには黄泉の門から入るのです』

 ──門?
何処に、そんなものが??

『良く御覧なさい。門は目の前です』

(え…何処??)

 『ほら』と顎で示されて視線を巡らせると、いつの間にか、ボク等の前に巨大な門が出現していた。

重く垂れ込める庇(ヒサシ)。
真っ黒な屋根瓦。

太い門柱の前には、身の丈一丈はあろうかという巨人が、左右に一体ずつ立っている。

 何とも恐ろしい姿だ。

八本ある長い手で、歩み寄る亡者達を無造作に鷲掴んでは、門の中にポイポイ放り込んでいる。

『何、あれ!?』

『あれは、黄泉軍(ヨモツイクサ)。黄泉の国の《鬼》ですよ』

…よもついくさ?

ボクは改めて、二体の巨人を見た。

痂(カサブタ)だらけの顔。
長く尖った耳。
鼻は無く、暗い空洞になっている。

伸びた黒い舌が、ダラリと地に投げ出され…その舌先は、まるで別の生き物みたいに、地面の上でチロチロと蠢いていた。

 四つもある目は、縫い付けられた様に、全てピタリと閉じている。気味の悪い八本の長い手が、大きな背中から突き出して──まるで、蜘蛛だ。

『…彼処で何をしてるんだろう?』

 すると。
ボクの呟きに、真織が答えた。

『彼等は冥府の門番です。門前に立って、亡者を罪状毎に選り分けているのですよ』

『鬼の門番!?其処をボク等が通るの??』

『大丈夫です。黄泉軍には見えません。彼等は眼が見えないのです』

『そう…良かった…』

 ホッと胸を撫で下ろすと、不意に真織が言った。

『首座は他心通がお上手ですね』

あ…いつの間にか、ボクは…!?

『構いません、その方が私も楽です』

 そう語る真織の瞳に、一瞬だけ、いつもの優しさが戻った気がした。