ボクは幻を見ているのだろうか?

豹変した真織は、玲一に対峙するや、侮蔑の入り混じった眼差しで嘲笑った。

それから、ジャケットの内ポケットに手を差し込んで、金色に輝く棒状の物を取り出す。

「お前、それは…!」

「これですか?『鍵』ですよ、勿論。これが何の鍵なのかは、お父さん。貴方が一番よくご存知でしょう?」

 驚愕のあまり声も出せない玲一に、真織は尚も冷たく言い放つ。

「貴方が出来ないのなら、代わりに私が門を開けます。コイツを差し込んで真言を唱えればいい。…簡単な事だ。」

 真織は躊躇う事無く門に近付くと、錠前を手に取り鍵を差し込んだ。

ガシャン!

派手な音を響かせて、鋼鉄の錠が地面に落ちる。

「これで物理的な『鍵』は外れた。次は、印を切って真言を唱える。」

「止めなさい、真織!」

「何故止めなきゃならないんです?折角、こうして首座さまをお呼び立てしたと言うのに…無駄足を運ばせる様な真似は、却って失礼だ。」

 そう言うと。
サッと指を組み合わせ、何事か唱えた。

 ぅおぉん──!

門の向こうで、邪悪な『何か』が不意に膨張し、瞬時に弾けた。

ボクは、我知らず身震いする。

「…ほら。霊的な『鍵』も外れた。実に簡単な事だ。後は、扉を開けるだけです。」

 くつくつと小刻みに肩を震わせる真織は、まるで別人の様だった。ボクの知っている向坂真織ではない。

 嗜虐的な微笑を張り付けた顔。
全身から立ち昇る凄まじい妖気。

これが…《狐霊遣い》の本性なのか?
人が変わるとは、この事を言うのか──??

「首座さま。」

 狐霊遣いは、ボクの背後に周り込むや、両肩に手を置き、やや強引に門の前に立たせた。

「御覧なさい、これが黄泉の国…」

 耳元に、妖しい囁きが響く。

「《根の国》への道…《黄泉比良坂》です。」