その時だった。
玲一が、思い詰めた様に切り出したのは。

「やはり止めましょう。如何(イカ)に神子でも、若い女性が、この坂を登るのは危険過ぎる。離れには、裏の林道から周って…」

「それは駄目です、お父さん。」

 不意に、聞き覚えのある声が割って入った。驚いて振り向くと──

「真織!」

「はい。遅くなって申し訳ありません、首座さま。」

 巡らせた視線の先には、濃灰色のスーツをラフに着崩した、向坂真織が立っていた。

一体いつの間に…?
気配も足音もしなかった。

「門を開けましょう、お父さん。離れには、此処を通って行くんです。そうでなければ意味が無い。」

「真織…お前は一体何を考えて」

「私の考えが、貴方に理解出来ますか?今まで一度だって、私の本心を知ろうともしなかった貴方に…?」

 苛烈に言い放つと…真織は、眼鏡を中指で軽く押し上げた。

…笑っている。
一体、何を笑っているのだろう?

「さぁ御見せしますよ、首座さま。冥府へ向かう亡者共の、醜くも浅ましい姿を。」

 真織の様子は、明らかにおかしかった。
いつもの穏やかさは形を潜め、邪悪な笑みを浮かべている。

禍々しく歪んだ双眸。
危ういその眼差しが、ボクを慄然とさせた。

「大丈夫。貴女は、私が命に代えても御護り致します。亡者共には、指一本、触れさせない。」

 ──冷たく視線を凍らせたまま。

真織は、口角の片端を『ニッ』と吊り上げた。

「お約束します。貴女は必ず私が護る。だって…『私の大切な』首座さまですから。」

 そう言うと──。

まるで鼠を嬲る猫の様に、真織は、恍惚と喉を鳴らして笑った。