向坂クリニックから、車で北に8Km程。
松林の衣を纏った小高い丘陵地に、向坂家の屋敷はあった。

壮麗で威厳ある門は、甲本家のそれより、やや大きい。太い柱には、古木の板に流麗な筆文字で《護黄山 嶺泉寺》と書かれた看板が掲げられていた。

「ご…おう…ざん?」

「…『ごおうざん れいせんじ』と読みます。こんな風に、キチンと寺院の看板を掲げているのは、六星一座の中でも、向坂家と蔡場家だけになりました。」

 山門を見上げて蒼摩が言う。

確かに…甲本家の門には、それらしき看板が無い。通って来る檀家も極僅かだ。

「うちの檀家は殆んどが親族だからな。」

 一慶が、然り気無く補足する。

「え?そうなの??」

「あぁ。お陰で、お布施も顔触れも、増えもしなけりゃ減りもしない。政府や警察関係の仕事があるから、何とか財源は保っているけれどな。」

「…そうなんだ…。」

 一門の経済状況までは、考えた事がなかった。

「なかなか厳しいね。」

「まぁな。天魔討伐に集中したいのは山々だが…政府や警察機関からの捜査協力は断れない。なんせ、貴重な収入源だ。それが無けりゃ、とっくに破綻しているよ。」

 一慶の言葉に、ボクは少し驚いた。
それでは…甲本家は最早、寺院としての機能を果たしていないも同然だ。

「甲本の本家は、親族専用の寺みたいなもんだ。昔は信者も沢山居たんだがな。神崎も火邑も、今じゃ似た様な状態だろう。」

「姫宮家もです。」

 成程──。
それで護法や門下も皆、親族ばかりなのだ。

ボクの側仕えを務めている氷見秋彦も、甲本家の遠縁に当たる家の出身だ。護法の多くが、そういう出自の者である。

「親族ばかりじゃあ、行者や護法が減るのも仕方がないよね。」

「…そうだな。その辺の打開策も立てていかなきゃならないって事だ。現実は現実として正しく捉えなければ、先へも進めない。《当主継承式》の後は、山積している細かい問題とも向き合う事になるぜ。覚悟しとくんだな、薙?」

 意地悪い笑みを履きながら、そんな事を言う一慶。

脅しに良く似た冗談だ。
流石に、これは笑えない。
ボクは、人知れず溜め息を吐いた。