「それは、俺も考えていた。」

 一慶が、ミラー越しにボクを一蔑して頷く。

「今日は、薙も安定している様だし…話しても良いだろう。」

 『そうですね』と頷くと、蒼摩は、綺麗な顔を巡らせてボクを見据えた。

「驚かないで訊いて頂けますか?」
「それは、内容に因るよ。」

 そう言うと、蒼摩は華やかに破顔した。

「あはは…成程。確かにそうです。大変失礼致しました。」

 初めて見る彼の自然な笑顔に、ボクは一瞬、目を奪われた。綺麗な顔だと思ってはいたが、笑うと急に幼くなる。控え目な笑い声といい、はにかんだ目元といい…年相応の可愛らしさがあった。

 その魅力的な笑顔のまま、蒼摩は驚くべき事を語り始める。

「ご存知でしたか?向坂家は代々、《黄泉の番人》を務める一族なんですよ。」

 黄泉(ヨミ)の──番人!?

「えぇ。少し難しくなりますが…」

 そう前置きするや、蒼摩は、慎重に言葉を選びながら話を進めた。

 《黄泉の番人》──。

向坂家がそう呼ばれているのは、彼等が護る土地そのものに関係していた。

そもそも向坂の『坂』という字は、黄泉比良坂(ヨモツヒラサカ)に由来しているらしい。黄泉比良坂とは、霊界と現生界(ゲンショウカイ)を繋ぐ坂だ。

『あの世』と『この世』を結ぶ場所。
生と死の境目──つまり。

『坂』とは、『境』を意味している。
死者は皆等しく、この黄泉比良坂を通って黄泉の国──冥界へ赴くのだ。

 蒼摩は云う。

「何でも…向坂の総本家がある土地は、《黄泉比良坂》に通ずる場所だとか。其処に活動の拠点を置く向坂一門が『霊的な作用』を受け易いのは、寧ろ当然の事なんです。」

 冥界思想は元々、神道に由来する信仰だ。

だが、その理念を仏教に包摂(ホウセツ)する為に、向坂家は、わざわざ曰く付きの土地に寺を建てたと言う…。

『坂』に『向かう』死者達。
その黄泉路の旅を護る者…それが向坂一族なのである。

 『古事記』等の文献に依れば、《黄泉比良坂》は島根県の某所にあると言われている様だが──

「実際には、この世界の到る所に《黄泉比良坂》は存在します。向坂家が護る《坂》は、特に重罪を犯した亡者達が通る道なのです。それ故、《土の星》の行者は、《狐霊遣い》等の異能者が多いんですよ。」