「ええ。ですから、話しませんでした。僕はもう音楽だけを学びたいんです。体育だ化学だ古文だと、必要の無い教科に時間やお金を費やすのは非合理でしょう?煩わしいし、無駄なだけです。僕が目指す音大には、一般コースがあって、実技のみの受験が可能なので。高校卒業資格は、不要なんです。」

 澄ました顔で、蒼摩は言う。

いや。喩えそうだとしても、だ。
親に内緒で退学しちゃうなんて──。見掛けによらず大胆な子だ。

「蒼摩ってドライなんだね。」
「良く言われます。」
「感情的になったりしないの?」

「勿論そんな時もありますよ。今も、こう見えて興奮しているのですが。」

「興奮…どうして?」

 遠慮がちに訊ねると、意外な答えが返ってきた。

「これから、向坂家に伺うので。」
「それはどういう意味?」

 立て続けに質問したのがいけなかったのか…蒼摩は、細い顎を指で支える様にして黙り込んでしまった。

 辛抱強く答えを待つと…不意に、蕾の様な朱唇が解ける。

「向坂家の土地は、少し──いえ、かなり特殊な事情があるんです。」

 特殊…。
そう言えば、一慶も同じ事を言っていた。
どんな風に特殊なのだろう?

 ボクが口を噤むと、蒼摩がやおら顔を上げてルームミラーを覗いた。

「先生…。やはり首座さまには、ちゃんとお話して措いた方が宜しいんじゃありませんか?」

 神妙に寄り合わせた彼の秀眉に、ボクは本能的な不安を覚えた。