長いアプローチを辿って、漸(ヨウヤ)く一慶に追い付くと、彼は巨大な玄関ドアの前に立ち、インターホンを押している處(トコ)ろだった。

──そうして。
馬鹿みたいな音調で、家主を呼び出す。

「姫宮く~ん!遊びましょ~!!」

 …何だろう、この人?
相変わらず行動の全てが、謎だ。
 ややあって──。

大きなドアがそっと押し開かれた。
顔を出したのは、鼻白んだ顔の姫宮蒼摩その人である。

「いらっしゃい、先生。ですが、もう少し品良く呼んで頂けませんか?インターホンが壊れます。」

「あらら。お気に召さなかったか?俺なりに、目一杯品良くしたつもりだけどな。」

「どこがですか、全く…」

 呆れた様に半眼閉じて嘆息すると、蒼摩は、ヒョイと首を伸ばしてボクを覗き込んだ。

「今日は、首座さま。」
「蒼摩、今日は。ゴメンね、変なのが一緒で。」

「構いませんよ、慣れていますので。」

「待て、こら。変なのとはなんだ、変なのとは?聞き捨てならん!」

 一慶が、ギュッと眉根を寄り合わせる。
ボク等の遣り取りに、気分を害したらしい──だが。

『変』を『変』と言って、何が悪いのか?
少しは自覚すれば良いのに…。

「ところで、蒼摩。どうして一慶を『先生』って呼ぶの?」

「あぁ、それ…。実は僕、一慶さんにピアノを習っているんです。」

「え!? じゃあ一慶って、本当にピアニストだったんだ。祐介から訊いていたけれど、冗談だと思っていた!」

「…冗談とは何だよ、失礼な。」

 不愉快そうに双眸を眇(スガ)める一慶。
だが、ボクは未だ半信半疑だ。

「本当に弾けるの?」

「あのな。こう見えても教室を経営するピアノ講師だぞ?弾けてなくてどうする。」

 一慶がピアノ講師…。
だから、毎日出掛けて行くのか。
遊び歩いていたわけじゃないと知って安心したが、ボクにはどうしても、彼が仕事をしている姿が想像出来ない。

もう少し、この話を掘り下げたかったのだが…

「時間が無い。サッサと行くぞ!」

 そう言って、一慶は本当にサッサと話を切り上げてしまった。何やら煙に巻かれた様な、狐に鼻を摘まれた様な、複雑な気分になってしまう。