「…暴走しているわ。」

 何処からか、そう呟く苺の声が聞こえた。

枷(カセ)を外されたボクの耳は、高性能の集音マイクの様に、どんな小さな呟きも拾ってしまう。

 苺の言葉は、一慶に向けられたものの様だった。心配そうに声を潜めて、訴えている。

「お願い。こんな事は、もう辞めさせて!薙は、まだ自分の力をコントロール出来ない。このまま続けたら壊れちゃうわ。」

『壊れる』───?

それならボクは、もうとうに壊れているのかも知れない。

だって、『在る筈のない人達』が視える。

総代衆や各家の当主達の背後に、この世ならざる者達が立っている。こんなにハッキリ視えているのに…誰も、それに気付いていない。

 変な気分だ。頭の奥が、ガンガン痛む。
もう…意識が朦朧として─…

 その時だった。

「鍵島さま、もう止めて下さい!」

篝が、突然大きな声を上げて立ち上がった。
泣いている。ボクの為に…。

「お願いです、もうお止め下さい。これ以上は、薙さまの精神が保ちません!!如何に神子さまでも、こんなに急激に力を開放しては、魂魄に歪みが生じてしまいます!」

 …それは恐らく、苺が危惧するものと同じだったのだろう。涙ぐみながら訴える篝を、鍵爺は暫し半眼閉じて見詰め返した。

「嬢ちゃんは、木の星やな?」
「…はい。」

「嬢の魂魄を見定めたか。えぇ目や。まだ幼いが、ゆくゆくは天解の奥義を極める器になるやろ。将来有望やな。」

「え…?!」

「まぁえぇわ。今日の處ろは、健気な《木の星》の当主に免じて納めといたる。嬢の力量は、充分に伝わったやろ。」

 興覚めした様に嘆息するや──。
鍵爺はパン!と一つ手を打った。
途端に、ボクの視界が真っ暗になる。

 押さえ付けられていた力が急速に緩み、ボクはヘナヘナとその場に座り込んでしまった。