足が勝手に動いて座台を降りる。
ボクはまるで、磁石に引き寄せられる鉄屑の様に、老人の元に歩み寄った。

 自分の体が何等かの術で操られていると、ハッキリ自覚出来る。何とか逆らおうとするけれど、何をどうすれば、この術が解けるのか解らなかった。

こんな時──行を積んでいないボクには、文字通り坑う術もない。

 そのまま吸い寄せられる様に隣に並ぶと、老人は愉快そうに笑って、ボクの目を覗き込んだ。

「──これが伸之の秘蔵っ子か。利発そうな、えぇ子やなぁ。」

 …何か言い返したい。だけど言えない。
体が思う様に動かない。

「苦しいか?ほな、術を解いたげよ。」

老人がパン!と手を打つと、体がフッと軽くなった。途端に、喉の奥に詰まっていた言葉が溢れ出す。

「鍵島のお爺ちゃん、ですか?」

「そうや。儂が、かの悪名高き鍵島の爺ぃや。素人のくせに術を跳ね返そうとする、その気丈さは見上げたもんや。…けどな、嬢?こない簡単に《口寄せ》に引っ掛かるようでは、お前もまだまだや。これから、確(シッカ)り行を積まなあかんで?」

 何でも『お見通し』…か。
悔しい。完全に手玉に取られている。

 老人──鍵島惟之(カギシマ コレユキ)は、ボクの背に手を回すと、参座者達を振り向いて告げた。

「紹介が遅なってもて堪忍やで。これが、伸之の一人娘の『薙』や。この通り、何も知らん娘やさかい。失礼する事も多々あろうが、皆、仲良うしたってな?」

 一同は、また深々と頭を下げる。
誰も何も言わない。唯、鍵爺(カギジイ)の言葉を一方的に聞いている。

──この、圧倒的な存在感。
只者じゃない事は、一目瞭然だ。