「いやいや。ちょっとのつもりで、お灸焚いとったら、すっかり遅なってもうた。皆、堪忍やで。これやから年寄りはアカンな。」

 老人が、いそいそと広間の中央までやって来ると、参座者一同が無言で頭を下げた。あの烈火でさえ深々と腰を折り、額を畳に擦り着けている。

 …誰?

この場にいる全員が、心から畏れ平伏している。まさか、この老人が──?

「あぁ、そない畏まらんと…。ほれ孝之、お前も気ぃ利かさんかい!皆に言うて、頭上げて貰い。」

「はい。」

 おっちゃんは、いつになく真面目な顔をして答えると、一同を振り返り「直れ」と合図した。一斉に頭が上がり、広間がしんと静まり返る。

 老人は満足そうに頷いて、一同を見回した…と、不意に。下座の一点を見て、僅かに身を乗り出す。

「其処におるんは、遥やな?」

名指しされて、遥はピクリと眉を痙攣させた。

「お前は、ホンマきっつい子やなぁ。儂(ワシ)の式神を、軍荼利(グンダリ)さんの咒(ジュ)で返しよる。加減ゆうもんが無い。ジジは手に火傷してもうたで?見てみ、こんなんなったがな。」

 老人は、右手を翳して見せた。
手の甲がケロイド状に引き攣れている。
それを見た遥は『ふん』と鼻を鳴らして、顎を聳やかした。