事態は、急激に動き出そうとしていた。
これから何が起こるのか、全く予想が付かない。

何やら急に緊張してきた。
指先が冷えて、巧く動かせない。

 ──その時。
突然、苺が声を張り上げた。

「さあ、もう時間が無いわ!薙は袴を履かなくちゃね。ほらほら!!無粋な男どもは、退場退場──!」

「何だよ、蛇苺!てめぇだって、おと」
「出て行け、ばか烈火!」

烈火の反論を、見事な飛び蹴りで遮ると…苺は、遥の背中を押して、サッサと部屋の外に追い出した。

 静けさを取り戻した室内。
ボクは、半ば呆気に取られながら苺に訊ねた。

「…袴も履くの?」

「そうよ。それが、一座の正装だからね。男女問わず、公式の場では袴を身に付けるのが仕来たりなの。」

 正装、か…流石は、千年続くお家柄。
仕来たりやら倣わしやら、細かい決め事がいちいち雅だ。

 それからボクは、淡い銀灰色の袴を履かされた。腰紐をキュッキュと結びながら、苺は言う。

「いいこと、薙?審議が始まったら、自分で上座に上がるのよ。アタシ達はオブザーバーだから脇に控えているけれど、アンタの味方は出来ないわ。発言権が無いの。」

「…うん。」
「独りで平気?ちゃんと受け答え出来る??」

 …大丈夫か?と訊かれれば、正直なところ自信はない。

何と答えたら良いか解らず口を噤んでいると、苺は心配そうにボクを見上げて言った。

「嫌なものは嫌と、はっきり答えなきゃ駄目よ?爺さん連中の好きな様にされちゃうから。」

「…うん。」

「その代わり、言いたい事があるなら、相手が誰だろうとガツンと言っちゃいなさい。弱気になっちゃ駄目だからね。」

 苺は、そう言ってくれるけれど。
良いのだろうか、ガツンと言っちゃって──?

「平気よ。多少荒れるだろうけれど、変態爺の言いなりになるよりはマシだわ。ハラスメントに屈しちゃダメ!横暴な物言いには、徹底抗戦しすべし!」

 そう言うと。苺は、やおら立ち上がって腰に手を当て、ニッコリ笑った。

…あぁ、そうだ。
彼女は、人の心が解るのだった…。
ストレートな励ましに、身が引き締まる。

「頑張ってくるね、苺。」

 自らに言い聞かせる様に、そう言うと…
苺は、何もかも解っていたかの様に、小さく頷いてくれた。