付き添い用の丸椅子に座って、ボクを正面から見据えると…祐介は、淡々とした口調でそう言った。

「氷見を見て。彼と同じ様にするんだ。」
「……。」

 促されて、窓際に立つ氷見を見遣れば、彼も祈りを込める様に目を閉じ、掌を合わせている。指を交差して絡める、見た事も無い形の合掌だ…。

「あれは《金剛合掌》というんだ。男性だけに許された合掌印だよ。キミは女の子だから、普通に手を合わせれば良い。」

「…う、うん。」

 ボクは、氷見に倣う様に左右の手を合わせて合掌した。静かに目を閉じれば、室内の微かな物音が、やけに耳に響く。

時折ブゥンと唸りを挙げるエアコンの呟きが、飛び回る蜜蜂の羽音の様に聞こえた。

 変化が起きたのは、それから程無くの事である。耳障りな生活音や雑多な音が忽然と消え失せ、室内の空気がピンと張り詰めた。

 覚えのある感覚にドキリとする。
…《結界》が張られたのだ。
入院病棟の一室が、忽ち静寂の海に沈む。

 ──と、その時。
祐介が唐突に、ボクの額に触れた。
ヒヤリと冷たい指先の感触に、思わず肩を跳ね上げる。

「ひゃ!」

「静かに。護身の為に、梵字を入れているんだ。直ぐに済むから、我慢して。」

「…はい。」

 祐介は、ボクの額に梵字と呼ばれるものを書いた。そこから微かな冷気が沁みて来て、体がスッと楽になる。