奈津美は──ふわりと笑みを浮かべて、母に応えた。

「ママ。私だよ、奈津美だよ。」
「…なっちゃん…!」

感極まった奈津美の母は、ボクを確(シッカ)り抱き締め号泣する。痩せたうなじから、甘い花の香りがした。

 いい匂い──
柔らかくて温かな『母』の体温。
懐かしい感触に、心が震える。
ボクの手が勝手に動いて、奈津美の母を強く抱き締めた。

(…母さん。)

柔らかい温もりを感じながら──ボクは、里に独り残してきた母を想う。

 今頃、何をしているだろう?
風邪を牽いたりしていないかな?
体調は?? また発作を起こして、独りで苦しんではいないだろうか?

 …気が付けば、ボクの目は熱い涙で濡れていた。感傷が胸に押し寄せる。成り行きを傍観している一方で、奈津美と同じ想いに咽(ムセ)び泣いている──。

 ボクと彼女は、完全に同調していた。
今泣いているのは、ボクなのか──それとも、高原奈津美の魂なのか。

自我の混沌をさ迷いながら、ボクは、自らの半生を目まぐるしく回想した。

 その時である。

「──痛っ!」

突然。胸にズキン!と痛みが走った。
痛い、苦しい──!!

ボクの心臓が悲鳴を挙げている。
刺される様な、掴まれる様な、握り潰される様な激痛だ。

息が…出来ない…

「…ママ、苦しいよ…!」
「奈津美?」
「苦しい苦しい!あれ外して、お願い!!」

 痛みがどんどん強くなる。
目が霞み、呼吸は途切れ、遂には意識を手放しそうになる。

自力では立っていられなくなって…ボクは崩れる様に、奈津美の母に獅噛み付いた。

「マ・マ…助け…てっ…!」

 息も絶え絶えに訴えているのは、奈津美の意識だ。

こんなに…
こんなに苦しんでいるのか、彼女は!?
分け合う痛みの中で、ボクは奈津美の願いの意味を知った。

可哀想で、切なくて…泣きそうになる。