「ママ。」

ボクの『声』を使って、奈津美は、女性に話し掛けた。

「や、やだ…何ですか、あなた?」

 『ママ』と呼ばれて…女性は、あからさまに警戒の眼差しを向ける。

それは、そうだろう。
見知らぬ人間に、いきなり『ママ』などと呼ばれて、気を悪くしない筈がない。

 だけど奈津美は、ボクの声と体を使って語り掛ける事を止めなかった。

「ママの右肩には、私を庇った時に出来た火傷の痕がある。」

「え──?」

「ママの背中には、ホクロが三つ。お臍の下には帝王切開の痣がある。…ママは私が五歳の時、乳癌を切除した。私が、小学五年のピアノコンクールで優勝した時、ママは、パパに内緒でネックレスをプレゼントしてくれた…それから…」

「──なっちゃん!?」

 突然。女性が、ボクの肩に獅噛み付いて来た。マジマジと顔を覗き込むと、忽ち滂陀(ボウダ)と涙を流す。

「奈津美?! あなた、奈津美なのね?」

 ──それは全て、高原奈津美本人でなければ知り得る筈の無いエピソードばかりだった。