『あれ』と彼女が指差す先には、物々しい機械の箱が措かれていた。

──『人工呼吸器』。
そこから伸びた管の先は、ベッドの上で眠る痩せた少女の体に繋がっている。

ピ…ピ…ピ…

心臓の鼓動を示す電子音。
これは、彼女の『命』を繋ぐ機械だ。
もし、外したりしたら──

 耗弱したまま動けずにいると、唐突に病室のドアが開いた。

「ごめんね、なっちゃん。すっかり遅くなっちゃって。」

 そう言って現れたのは、痩れた様子の熟年女性。紙袋とバッグを抱えて、いそいそと入って来る──と、そこで。ボクの姿を見咎め、ギクリと足を止めた。

「…どなた?」

誰何(スイカ)されたが、答えられない。
何をどう説明すれば良いのか解らない。

 女性は、高原奈津美に良く似ていた。
母親だろうか?

クッキリ浮き出た目の下の隈。
生気の失せた顔。
眉間に深く刻まれた縦皺が、長い闘病生活の過酷さを物語っている。

「ぁ、あの……」

 怯えた様に顔を強張らせる女性に、何とか事情を説明しようと、ボクは渾身の力で喉から声を絞り出そうとした。

──その時である。

『体、貸して…』

 掠れた声が、突然ボクの脳内に囁いた。
見れば、さっきまで隣にいた筈の少女の姿が消えている。

『あなたの体、貸して』
「え?…あ、ぁ…!」

 声と同時に『何か』がボクの中に入って来た。全身にゾワリと冷たい痺れが走る。

顔が、声が、手が──望まぬ方向に動いていくのに、自力でそれを抑えられない。魂だけが離脱した様な、奇妙な感覚がボクを襲う。

怖い。
どうなってしまうんだろう?

 得体の知れない恐怖と嫌悪感に、ボクは激しく混乱した…そこへ。高原奈津美が話し掛けてくる。

『お願い…協力して…』
(協力って?)
『ママと話がしたいの…』

 それきり奈津美は口を閉ざした。
足が勝手に前に出る。

一歩二歩…と、女性に近付く。
ボクの精神は体から切り離され、最早自分のものではなくなっていた。

 奈津美が『何を』するつもりなのか──今は見ている事しか出来ない。