どうしよう。
入っては、いけない気がする。
ボクの中の何かが、『これ以上先に進むな』と激しく警鐘を鳴らしている。

 躊躇のあまり動けなくなったボクを急かす様に、少女がまた袖口を引っ張った。

「入って。」

 俄(ニワ)かに芽生えた恐怖。
ガラス玉の様な彼女の瞳には、拒絶を許さない強い『意思』が感じられる。

その異様な雰囲気に飲まれて──ボクは、誘われるがまま部屋の中に歩を進めた。

 ピ…ピ…ピ…ピ…

入るなり、規則正しい機械音が聞こえた。
カーテンに閉ざされた薄暗い病室。

無機質な医療用ベッド──其処に。
静かに横倒わる、少女の白い手が見える。

 点滴のカテーテルが繋がった先には、名前が書かれた輸液のパックがぶら下がっていた。

ベッドの枕元に、同じ名前のプレート。
病室の前にも、同様の札がさげられていたのを思い出す。

『高原奈津美』──彼女の名前だ。

 ボクは、もう気付いていた。
隣に立つ少女が、高原奈津美の『幻影』であるという事を。

 幻影の少女は、感情の映らない目で、ベッドに横たわる『自分自身』を見下ろしていた。ボクは、恐る恐る彼女に訊ねる。

「…君は、高原奈津美ちゃんなの?」

少女は頷き、掠れ声で懇願した。

「お願いがあるの。あれを外して?」