名前を呼ばれて診察室に入ると、白衣に身を包んだ祐介がいた。黒い肘掛け椅子にゆったりと背を凭れている。

「…おはよう。」

ぎこちない調子で朝の挨拶をすると、彼は眼鏡越しにボクを見て『やあ』とだけ答えた。

取り立てて親しげでもなく…かと言って、取り澄ました風もない。実に淡々としている。ボクだけが、妙に落ち着かない。

 祐介と居ると、いつもこうだ。
からかわれまいとして、つい顔に力が入ってしまう。

 そんなボクの緊張を知ってか知らずか…あくまで医師の顔を崩さないまま、祐介は診察に入った。

一通りそれが終わると、ブリーフケースから一枚の紙を取り出して、ボクに提示する。

「検査結果だ。簡単に目を通して。」

 覗き込んだ用紙には、細かい数値が無機質に並んでいた。

素人のボクには、結果の善し悪しが判らない。じっと眺めている内に、どんどん体が傾いで来る…

「薙。」
「何?」
「近いよ。」
「え…??」

 気が付けば。ボクは祐介に大接近していた。見上げた先に、彼の端正な顔が迫る。

「ご、ごめん!」

「いや。積極的な女の子は嫌いじゃないよ。個人的には大歓迎のシチュエーションなんだけれどね。出来ればこういう事は、屋敷に帰ってからにしてくれないかな?此処は人目もあるからね。」

「───。」

 また…どうしてそういう色っぽい冗談を、真顔で言えるのか、この人は?

狼狽えるボクを見て、心から愉しんでいる。
祐介は、本当に底意地が悪い。

「ほら、また膨れっ面になっているよ。」

 指摘されて、ボクはハタと我に返った。

くそぅ…気を付けているつもりなのに。
祐介や一慶が傍に居ると、いつのまにか膨れっ面になっている。

彼等は、ボクをからかう達人だ。
だから原因は寧ろ、彼等の方にあると思う。