ボクが身を乗り出すよりも早く、黒髪の男が皮肉な笑みを浮かべて言い放った。

「漁夫の利か──。労せずして利益を得るとは、相変わらず抜け目の無い奴だな。」

「そちらこそ。失礼な物言いは相変わらずだね。僕は務めを全(マット)うしたまでだよ。」

 …何だろう、この会話は?
二人は知り合いなのだろうか??

 剣呑な空気。訝(イブ)かるボクを尻目に──医師は、黒髪の男に対して、真っ向対決の姿勢を見せた。涼し気に顎を聳やかし、大上段から畳み掛ける。

「そもそも、『これ』の回収を命じられたのは、キミ達だけじゃないだろう?どうせなら、もっと巧くやるんだね。とにかく、賭けは僕の勝ちだ。次の仕事では、僕が主導権を取らせて貰うよ…カズ?」

「勝ったのは、お前だ。好きにしろ。」

黒髪の男は、倦怠感も露わに吐き捨てる。

 ──カズ?
それが、彼の名前だろうか。
『漁夫の利』とは、どういう意味だろう?
『仕事』…『賭け』?
恐らくボクに関する事だろうが、全く話が見えない。
見えないから、もどかしい。

 状況を静観していると、医師はいきなり、ボクに矛先を向けた。

「…そうだ。序(ツイ)でに、キミにも忠告しておくよ。『こんな物』を後生大事に持ち歩いたりするから、酷い目に遇うんだ。盗難も遭難も、キミに起きた災いの全てが、『これ』に関係しているんだよ。自然の摂理は曲げられない。それを良く覚えておくんだね、甲本薙くん。」

ボクに向けられた言葉が、氷の刃の様に胸を抉る。

 『こんなもの』──と、彼は言った。
全ての災いは、あの御守り袋にあるのだと。
ボクの大切な物を奪っておいて、そんな言われ方は心外だ!

「…どうして。」

怒りの塊が言葉となって迸り出る。

「どうして皆、寄って集って、ボクの大切なものを取り上げるんだよ!?親父の『骨』を返せ、バカ野郎──っ!!」

 投げ付けた枕が、閉まり掛けたドアに当たってズルリと床に落ちる。
遣(ヤ)り場の無い怒りを抱えて、ボクはきつく拳を握った。