身の毛もよだつ様な呪詛を吐くと、遥は回廊の際に立った──と、不意に。ボクを振り返るや、はんなり笑って、こんな事を言う。

「ごめんね、薙。危ないから、ちょっとだけ下がってくれる?今、めっちゃ気合い入れて、あれを破るから。」

…『破る』?

 言い終わるが早いか、遥は、胸の前で両手を交差した。指先をスッと伸ばし、両の親指と小指で輪を作る。

 あぁ…これも知っている。
軍荼利明王(グンダリミョウオウ)の印だ。

《六星体術》では、精神集中の構えとして用いていたが──つまり、あれ等は全て、行者が使う『印契』を流用したものなのだ。

 もしかしたらボクは…自分でも良く解らない内に、親父から、行の基礎を習っていたのかも知れない。──そう、《六星武術》を媒介にして。

 この場にそぐわぬ感慨に耽っているボクを他所に、遥は険しい表情で、前方を睨め付けていた。

いつもの朗らかな笑みは跡形も無く消え失せ、峻厳な行者の顔になっている。梅の木に掛けられた何等かの術を、渾身の力で『破ろう』としているのだ。

 神々しくも近寄り難いその雰囲気は、当に、悪鬼を踏みしだく軍荼利明王そのものである。

優しい遥を、こんなに怒らせるなんて…
鍵島の爺ちゃん、冗談が過ぎるよ。

そろそろ悪巫山戯(ワルフザケ)は辞めにして欲しい。遥が、あまりにも気の毒だ。