医師は、聴診器をボクの胸に当てながら訊ねた。

「最後に食事を摂ったのは?」
「一昨日の…夜。」
「どうして食べなかったの?」
「お金、盗られちゃって…」

 そう言えば──。
自宅を出てから、一昼夜以上になるが、その間何も食べていない。

電車の中で居眠りしている隙に財布を盗られて、結局、乗り継ぎの電車にも、路線バスにも乗れなくなった。

行き先の電話番号を控え忘れた所為で、迎えも呼べない。

 いっそ自宅に連絡をして引き返せば良かったのだろうが、病弱な母に「心配するな」と大見得を切って出掛けた手前、恥ずかしくてそれも出来なかった。

 交番を見掛ける度に、助けを求めようかと逡巡する。その一方で。家出人と間違われるのではと思うと、それもまた煩わしくて、頼る気になれない。

 悲しいかな、これでも童顔だという自覚はある。

きっと、年相応の扱いはされないだろう。
身元確認やら何やらで、大事にされても面倒だ。

 …思えば、自ら招いた八方塞がりだった。
だが、泣き言だけは云いたくない。

自分の意志で出て来たからには、自分の力でどうにかしなければ。

 ボクは一向ひたすら歩いて、目的地に向かう決意をした。

意地でも辿り着いてやるつもりだった。
空腹を凌ぐ為に、公園で水を飲んだりはしたけれど、それ以外の物を口に入れた記憶はない。

「──成程。」

 医師は得心がいった様に呟くと、手際良く腕の点滴跡を処置した。

それまで全く気付かなかったが…無理矢理カテーテルを引き抜いた所為(セイ)で、ボクの腕は血まみれだった。

「困るな、勝手な事をされては。」
「…すいません。」

 不機嫌な声に気圧されて、つい声が小さくなる──と、突然。医師はボクの手から、御守り袋をもぎ取った。

「あ…っ、それは!」

「まずは体の回復が先。退院まで、これは僕が預かっておくよ。」

 …ち、ちょっと!