それから篝は、自らの生い立ちや身の周りの事を、飽きる事なく語り続けた。

当主に選ばれたのは、丁度昨年の今頃だったとか…中学では弓道部に所属しているだとか──。

 当然、学校生活や受験の話題も出てきたが…ボクは、彼女の話の大半を『ふーん』とか『そうなんだぁ』と、曖昧な相槌を打つ事で遣り過ごした。

辛抱強く聞き役に徹した甲斐あってか…篝は満足した様に、『ふぅ』と溜め息を吐いて話し終えた。

「有難うございました。こんな時間まで、私に付き合って下さって。」

 ──見れば、成程。
時計は、深夜零時を回ろうとしている。

日付が変わるまで、女子中学生と話し込むなんて…この屋敷に来なければ、なかなか出来ない経験だったろう。

「私、帰ります。」
「帰るって…今から仙台へ?」

「いいえ。こちらには別邸がございますので、今夜はそちらへ。」

「そう。じゃ、玄関まで送るね。」
「はい!」

 篝を見送りに出ると、玄関先には、既に迎えの者が居て、辛抱強く待機していた。その体格から、彼等が《護法》である事は容易に見て取れる。

 草履を履いて敷居を跨ぐ瞬間──。
篝は、もう一度振り向いて、ボクに深々と頭を下げた。

「それでは、首座さま。今夜は遅くまで相談に乗って頂き、有難う御座いました。」

 丁寧に暇乞いをする篝に続いて、お付きの二人も頭を下げる。

「では、また。」
「うん。またね、篝。」

 ふわ…と夢見る様に微笑んで、篝は夜の闇に消えた。その場の流れで、思わず『またね』と、言ってしまったけれど──。

本当に、彼女と『また会う日』が来るのだろうか?

 何の保証もない未来に、ほろ苦い想いで拳を握る。

軽率…だったかも知れない。
まるで、当主になる事を前提に、話をしている様だった。無責任過ぎる自分の態度に、ほとほと嫌気が差す。

 この先の事も解らないのに…。
篝がボクに対して抱く期待を、無駄に大きく膨らませてしまった。

「なんて馬鹿なんだ、ボクは──。」

 不安と後悔と、どうしようもない自己嫌悪とで、その夜は、なかなか寝付けなかった…。