「──少し熱っぽいね。目眩は?フラフラしない?」

「祐介、お医者さんみたいだ。」
「何言ってんの。」

 また、コツンと額を小突かれる。

彼とのこんな遣り取りにも、随分と慣れてきた。寧ろ、そういう馴れ合いが心地好く感じる。どうにも、複雑な気分だ。

 独り物想いに耽っていると、祐介は首に下げた聴診器を、慣れた手付きで耳に掛け直していた。

そうして、ボクの胸の辺りに何度か当てる。
Tシャツの上からも、金属のヒンヤリした感触が伝わって、何やら妙に擽ったい。

 僅かに身動(ミジロ)ぎした途端──。
祐介が、声を顰めて言った。

「ごめんね、もう少し我慢して。」

真剣な面持ちで心音を聴いている彼の、長い睫毛が微かに上下する。その何気無い仕草のひとつひとつが、溜め息が出る程綺麗で…不覚にもドキリとした。

 いつもと雰囲気が違って見えるのは、彼が私服だから?それとも、眼鏡を外しているからだろうか?

意味もなく早鐘を打つ鼓動を悟られない様に、ボクは無言で診察が終わるのを待った。

 ──ややあって。

祐介は、小さな溜め息と共に、頭を起こした。ゆっくりと聴診器を外しながら、言う。

「大丈夫、気になる様な雑音は聞こえないよ。風邪という訳でも無さそうだ。急な環境の変化に付いていけず、ストレスが溜まっていたんだろう。あぁ、でもまだ顔色が良くないね。先日渡した薬は、ちゃんと飲んでいる?」

「うん、一応…」
「そう。」

 素っ気無い返事の後──祐介は、ボクの手首を取って、腕時計と睨めっこを始めた。

高そうな時計…
これは、フランク・ミュラーかな?
奇抜な形状の文字盤が、祐介には良く似合ってる。

 そんな事をボンヤリ考えていたら、触れていた手が、ふと離れた。脈拍数を計った後は、乾いた指先で、そちこちを触診される。両の瞼を捲られたり、舌の色を診られたりもした。

小さな庵は、宛ら臨時の診療所の様になっていた。