体の奥底から突き上げる興奮に、肌がカッと熱を持った。

男の前では、売り言葉に買い言葉で、つい『勝てない喧嘩はしない』などと言ってしまったけれど…本当は、これが生まれて初めての実戦である。

 生身の人間を蹴る感覚も、攻撃を受けた瞬間の痛みや恐怖も、初めて味わった。

とは言え。何度か彼と組んでみて、大体の感じは掴めたと思う。スピードにも慣れたし、攻撃の癖やタイミングも解った。

 反撃するなら今しかない。
戦闘が長引けば、此方の手の内まで晒す事になる。

 ボクは、防御の姿勢を解いて、男と対峙した。ふぅ…と息を吐いて、徐(オモム)ろに合掌する。

それから。臍下丹佃(サイカタンデン)を意識しつつ、虚空に円を描く様に、大きく両手を回して形を取った。

 右手に拳、左手に手刀。

呼吸を静かに整えて、感覚を研ぎ澄ませば、忽ち四肢に闘気が漲る。

これを見て、忽ち男の顔色が変わった。

「お前…その構え?!」

 彼の動揺が手に取る様に解った。
これは究極奥義の一つ、《不動明王拳》。

右手の拳は明王の索(サク)を──左手の手刀は、剣を顕(アラワ)している。

 そもそも不動明王とは、剛強難化(ゴウキョウナンゲ)の衆生を仏の教えに導く為、剣を取り、威容を誇示する憤怒(フンヌ)の仏だ。

この闘法も、当(マサ)にそうした意味合いが強い。並外れて強い相手と対峙する為に、編み出された奥義なのだ。