東の対屋(タイノヤ)は、甲本家当主のプライベート・スペースだ。風呂も厨房も寝室も、全て此処に揃っている。

 …それにしても。

プライベートスペースに、対屋一軒分も必要なのだろうか?沸々と湧き起こる疑問を胸に渡殿を行き過ぎると、《東の対》への道は、仕切り戸で封鎖されていた。

これ以上、先へ進めない。
仕方が無いので中庭に降り、外から廻ってみる事にした。

確か…小上がりの石段付近に、下駄箱が隠してある筈なんだけれど…?

ボクは床に這いつく張る様にして、石段の辺りに手を伸ばした。

 …あった!
回廊の下──根太の柱に打ち付ける様に、小さな下駄箱が設えてある。スラリと扉を開けて、中から小さめの下駄を取り出した。

中庭に降り、東の対屋へと廻り込めば、直ぐにそれと判る壮麗な瓦屋根が見えて来る。

 凄い威圧感だ。…流石は、六星首座の私邸だけある。幾重にも裳越(モコシ)を纏った屋根も、尋常でない太さの柱も…造りの全てが重厚かつ豪奢で、ボクの様な田舎者は、只々、目を見張るばかりだ。

庭の景色も一際雅やかで、細部に渡って贅を凝らした造りになっている。

 …何だろうか、この非現実的な世界は。
これを全部一人で使えと…?

信じられない。
まるで殿様じゃないか。