ボクは、ゆっくりと上体を起こした。
氷見が、然り気無く背中を支えてくれる。

「あまりご無理をなさらずに。今暫く御休みになられては…?」

「ん、いや大丈夫。あのさ、氷見。」
「はい?」
「お風呂…入れるかな?」

 氷見は、やんわりと破顔した。

「すぐに御用意します。準備が調うまで、こちらで御待ちになりますか?それとも、先にお食事になさいますか?」

「…えっと。食事は、お風呂の後に軽く…お茶漬けみたいなモノがあれば…」

 『かしこまりました』と氷見は答えて、直ぐ様支度に向かった。

至れり尽せりで申し訳無い。
何やら、王様にでもなったみたいだ。
慣れない扱いを受けて、少しだけ気が引けてしまう。

 氷見が部屋を後にすると、ボクは、のろのろと布団を抜け出した。気分転換を兼ねて、もう一度、障子を開けてみる。

 蒼くて高い…澄んだ秋色の空が、視界いっぱいに展がっていた。

夏から秋へと、季節が移り変わろうとしている。

陽射しは眩しいけれど、涼やかな風が吹いているお陰で、暑さはあまり感じなかった。

 高空で、雲雀が鳴いている。

好い天気──
頭が鈍く痛むけれど、落ち着いたら、庭を見に行こうかな?

 ボクはもう、此処から逃げ出すつもりは無かった。逃げたところで、何も解決しない。

当主になるか、ならないか──
はっきり意思表示した上で、次の扉を開ければ良い。

…そう思っていたのだ。