「そう。一慶と書いて『かずよし』。単に読み方を変えただけだ。ね？大した理由じゃないだろう？」

　興味無さそうに言い捨てると、祐介はクイとグラスの酒を煽った。

未だ釈然としないボクは、腕を拱(ｺﾏﾈ)いて首を捻る。

「でも、変だな。自己紹介の時、自分から『いっけい』って名乗っていたよ？」

「あはは！そうだった??」

　いきなり祐介が大笑した。

「面倒臭かったんだろう、きっと。皆が彼を、呼びたい様に呼んでいるからね。カズの事だから、一番覚え易い呼び方で名乗っただけだよ…多分ね。」

　…そう言って、ボクのグラスに酒を注ぐ祐介を、チラリと盗み見ながら考える。

二人は幼馴染みだと言っていた。
けれど、それだけでは無い気がする。
傍目には、とても不思議な関係だ。

牽制し合っている様でもあり、何処かで解り合っている様でもある。二人の距離感が全く掴めない。

　それに。一慶にしろ祐介にしろ…互いの話をする時は、特有の間を置く癖がある。その事に、彼等自身は気付いているのだろうか？

「少し、彼の話をしてあげようか？」

「一慶の？」

「あぁ。彼は…数年前までピアニストだったんだよ。ああ見えて海外では結構、名の売れた演奏家だったんだ。」

「ピ、ピアニスト──!?」