痛い…。
魍魎は去ったけれど、掌には小さな咬み傷の痕が残った。

こんな事が、あるのだろうか?
霊が攻撃して来るなんて!?

 信じ難い気持ちで、自身の掌を眺める。

…ふつふつと湧き出る血の雫。
右中指の付け根付近に、二つ並んだ小さな穴が空いている。微かな痛みは、紛れも無く現実のものだった。

半ば茫然とそれを眺めていると…不意に、祐介が覗き込んで来た。

「…噛まれた?」
「うん、少しだけ。」
「見せて。」

 有無を言わさず手を引き寄せられる。
親身な様子で傷口を眺める彼に、思い切ってボクは訊ねた。

「今の、あれ…本物だよね?」
「本物だから噛まれたんだろう?」
「魍魎って噛むの?」

「ごく偶に攻撃してくる事はあるよ。身の危険を感じた時なんかにはね。普段は、大人しくて無害なものだ。あまり心配しなくて良い。」

「…無害じゃないよ。噛まれたもの。」

 ボクが拗ねると、祐介はフワリと破顔して言った。

「あれは、愛情表現だよ。」
「愛情表現!?噛むのが?どうして??」

「彼等は『言葉』を持たない。だから、噛んだんだ。キミに自分達の『存在』を知らせたくてね。」

「え?」
「初めてだろう、こういうものを視たのは?」

 ボクは、コクリと頷いた。
所謂る『霊』という存在には、生まれてこのかた縁が無い。

勿論、姿を『視る』のも初めてだ。