この味と香りには、覚えがあった。

あぁ。
何ヵ月振りだろう、これを呑むのは?

「これ、『鶴峯』の大吟醸だね?」
「ご名答。良く判ったね。」
「この味は良く知っているもの。」
「あぁ。伸之さんが好きだった酒だ。」

 ボクは頷いた。

…そう。親父は、これに目が無かった。
そして『鶴峯酒造』は、ボクがアルバイトをしていた酒蔵でもある。

親父の紹介で始めた仕事だ。
鶴峰の杜氏と親父は旧知の仲で…ボク等は良く、酒蔵へ遊びに行った。親父と出掛けた、数少ない思い出の一つである。

…………
…………
何だろう、この感覚?
酒が体に染み込んだ途端、ボクの中の記憶の鍵が解き放たれてしまったみたいだ。

 懐かしくて、少し苦しい。
親父と一緒に過ごした幼い頃の思い出が、一度に胸に迫って来る。

それに…あの、掛け軸。
此処には、親父の面影が生きたまま詰まっていて、辛くなる。

 俯いていると涙が出そうだったので、ボクは、自分から話題を変えた。

「ねぇ。祐介はどうして…こんな所で、独りで呑んでいるの?」

「どうして?さあ…どうしてだろう。」

 硝子の酒器から溢れた光が、瑚珀の瞳の中に反射している。

「敢えて言うなら…眠るには惜しい気がしたから、かな。」

「どういう意味?」

「そうだね…多分、僕も浮かれているんだろう。皆と同じでね。」

「浮かれている?? 祐介が?…嘘だ。」

「嘘じゃないよ。キミが此処に居るというだけで、全ての魂が活性化している。…ほら、見てごらん。」

 ──そう言って。
祐介は、丸い格子窓をサラリと開け放った