「そうだね…」

 祐介は…自身の考えを纏めるかの様に、束の間、睫毛を伏せてから答えた。

「普段は、あまりこの屋敷に寄り付かない人だったよ。仕事が済めば、さっさと姿を消してしまうんだ。でも…偶に泊まったりすると、よく東の対屋に呼ばれたな。僕とカズだけが特別に、中に入れて貰えたんだ。…子供の頃の話だけれどね。」

遠い目をして語る彼の、端正な顔を見上げながら…ボクは、言葉も無く立ち尽くした。

 若い頃の親父の話を、おっちゃん以外の人から訊くのは、これが初めてかもしれない。あの親父が絵を描いている姿なんて、想像もつかなかった。

 どうやら此処には、ボクの知らない親父が、沢山いるらしい──否。この屋敷だけじゃない。皆の心の中に、今でも親父は生き続けている。各々の中に、各々の親父が棲んでいるのだ。

 何だか、複雑な気分だ…。
ボクが知っている『ボクだけの親父』は、一体、何処へ行ってしまったのだろう?

 酒好きで。
休日には昼寝ばかりしていて…。
脱いだ服も片付けない、ちょっとダメな、ちょっと情けないボクの親父は──?

 疎外感を覚えて…ボクは、我知らず唇を噛む。この屋敷に、ボクの『父親』は居ない。代わりに、六星首座・甲本伸之という名の『英雄』がいる。

それが何故か、とても寂しく思えた。