──と、不意に。
床の間の掛軸に目が止まった。

墨絵の…仏画?
迫力ある筆致に、忽ち視線が釘付けになる。

 …そこに描かれていたのは、真っ赤な髪を荒々しく逆立てた『鬼』だった。剣を翳した武人に組み敷かれ、クワッと口を開けている。

大胆な構図。力強いタッチ。
迸る気迫が、画面から生々しく伝わって来る。

飛び散った墨の跡さえも、闘いの壮絶さを物語る効果の一つだ。荒げる息遣いが、ビンビン伝わって来る。

「…凄い…!」

 ボクは思わず、感嘆の声を挙げていた。
凄まじい絵だ。巧い下手の問題ではなく、強烈な熱と力を感じる。

眺めれば眺める程、絵の世界に引き込まれそうで──いっそ、怖いくらいだ。

 銘のある絵師の作なのだろうか?
日本画の様でもあり、洋画の様でもある。

「その絵、気に入った?」

 独り考えを巡らせながら突っ立っていると、頭上に声が降って来た。見上げれば、頭一つ高い位置から、祐介がボクを覗き込んでいる。

「…凄い絵だね。目が離せない。」

 有りの侭の感想を伝えると、思いも寄らない言葉が返って来る。

「伸之さんが描いたんだよ。」
「親父が?──これを!?」
「若い頃の作品らしい。初めて見た?」

「…うん。そもそも、親父が絵を描くなんて知らなかった。家ではいつも、ゴロゴロしていたもの。」

「そう。」

 祐介は、クスリと笑った。

「好きなんだ。」
「──え?」

「伸之さんの画風…僕は、とても好きでね。特に、この絵は。だから、良く此処に来るんだよ。」

 …あぁ。
そういう事か、びっくりした…。
いきなり『好き』だなんて言い出すから、期待していなくても、ドキリとする。

ボクの戸惑いも知らず、祐介は懐かしそうに、掛軸に手を翳して言った。

「そういえば…子供の頃は、あの人が絵を描いている隣に座って、それを見ているのが好きだったな。」

「祐介は、親父が絵を描くところを見た事があるの?」

 驚くボクに…祐介は、静かな微笑で答える。その瞳は、いつもより少しだけ優しく見えた。

きっと、良い思い出なのだろう。
そこには、ボクの知らない親父がいる。

「若い頃の親父って、どんなだった?」

 気が付けば、そんな風に訊ねている自分がいた。