誘われるがまま、夜の中庭を歩く──。
冷気を含んだ初秋の風が心地好い。

 しっとり苔蒸した飛石に従い、庭の奥へと進めば…やがて、二枚岩の裏側へと辿り着いた。

直ぐに、風情ある古い庵が見えて来る。

茅葺きの屋根と、真っ白な壁。
風雪に曝された柱の濃い茶が、苔の緑に良く似合う。

 身を縮めてすり抜ける潜り戸。
建物に足を踏み入れれば、中は六畳程の広さがあった。

 茶室かと思っていたけれど、室内に茶道具らしきものは見当たらない。代わりに、樫材の小さな座卓と、紫紺の座布団が一組並んでいるだけだった。

卓上には既に、青い手吹き硝子の冷酒セットが置かれている。

 何とも不思議な空間だ。
室内を照らす行灯の明かり。
風に揺れる、軒荵(ノキシノブ)。

跳ね上げ窓を全開にしているお陰で、虫の音が外から直接響いて来る。

 …其処には。長い時間を掛けて、ゆっくりと紡がれてきた、幽玄の世界が拡がっていた。

狭いのに、広い。
広くて、深い──

時を忘れて、いつまでも留まりたくなるような…そんな場所だ。

 軽い既視感を覚えるのは、何故だろう?
初めて訪れた筈なのに、何だかとても懐かしい。