ズラリと並んだ個室の先は、真っ黒な板壁だった。何故だか解らないが、とにかく行き止まりになっている。

「変だな、さっきは確かに──??」

慌てて、板壁のアチコチを叩いてみた。…が、どこも開きそうにない。

 独り途方に暮れていた──その時。
不意に聞き覚えのある声が、ボクの名を呼んだ。

「薙?」

 ビクリと肩が跳ね上がる。
恐る恐る振り向けば、僅かに開いた雨戸の一画から、墨絵の様な中庭の風景が覗いていた。

…其処に。
スラリと伸びた人影がひとつ。

「風流だね、薙。独りで夜の散歩かい??」

 …この声は…

「祐介!?」

 その瞬間──。
月が雲間から顔を覗かせて、中庭の人影を明るく照らし出した。

小さな滝の流れる二枚岩を背に、スッと立つ長身は、紛れもなく坂井祐介その人だ。

「祐介!…よかった…!」

 思わず飛び出した本音に、祐介は怪訝に首を傾げて訊ねた。

「どうかしたの、泣きそうな顔をして??」

「うん。いや、その──。ボクは、ただ自分の部屋に戻りたいだけ…なんだけど…」

「けど?」
「無いんだ、ボクの部屋。」
「え?」

 ──祐介は、呆気に取られた顔で、しげしげとボクを見詰めた。それから、ゆっくりと此方に近付き、優雅な身のこなしで回廊に上がる。

刹那。フワリと佳い薫りが鼻腔を擽った。