──回廊は、真っ暗だった。
一斉に立てられた雨戸のお陰で、外の景色も全く見えない。

小さな誘導灯が、草むらの蛍の様に、足元をボンヤリ照らしてはいるけれど…夜歩きに充分な光量とは、到底言えなかった。

 …せ。節電でもしているのか?
点々と連なる薄明かりが、却って不気味だ。まるで、トンネルの中に、置き去りにされた様な気分になる。

 ボクは、忽ち方向感覚を失った。

「…あれ?ボクの部屋どっちだっけ??」

夜目の利かない小鳥の様に、暗い廊下を、暫し右往左往する。

…どうしよう。また迷子になってしまった。
一度おっちゃんの部屋に戻って、一慶に案内して貰おうか?

 一瞬、悩んだけれど──。

「ま、いいや!」

何とかなるような気がして、とにかく先に進む事にした。

 それにしても暗い。
雨戸の節穴から外を覗けば、微かに見える月には、濃い群雲が掛かっていた。これでは、灯り取り用の天井窓も用を為さない。

 そうでなくとも薄暗い回廊が、ますます濃密な闇に包まれている。

所々に小さな天吊り照明も設置してあるけれど、どういう訳か、全て消されてあった。

 やはり…節電中なのかも知れない。
屋敷の規模を考えれば、それも合点が行く。

「…でも。これはちょっと、やり過ぎじゃない?」

 誰にともなく悪態を吐きながら、誘導灯の灯りと、自身の勘だけを頼りに、ひたすら回廊を進む。

これが、思いの外困難な作業であった。
同じ色形の扉ばかりなので、いちいち立ち止まっては部屋の表札を確認するという行為を繰り返す。

 ──此処は、一体どの辺りだろう?

何やら夜の迷宮に迷い込んだ様で、次第に、自分が何処にいるのか判らなくなる…。慣れない屋敷に四苦八苦しながら、ボクは、表札に書かれた名前をひたすら読み挙げていった。

 …えぇっと、此処は…。

「甲本…一慶…?」

あぁ。一慶の部屋だ。
その隣が祐介、遥。
そして、苺の名前が掲げてある。

ボクの部屋は、苺の隣だった筈だ。
──と云うことは、次の扉か?

 心底ホッとしながら歩を進めたボクは、次の瞬間、愕然と立ち尽くしてしまった。

「うそ…部屋が無い!?」

 苺の隣にある筈の、ボクの部屋が無い!
何故───?