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大晦日

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12月31日(月)

18時。
私は、ゆうくんちにいる。

ピンポーン ♪

ゆうくんが、お財布を持って玄関に出る。

「奏、届いたよ。食べよ。」

そう言って、熱々のピザをテーブルに置いた。

私が取り皿とグラスを出すと、ゆうくんは冷蔵庫から、ビールを持ってきた。


「乾杯。」

ゆうくんがグラスを傾けるのに合わせて、私もグラスを合わせた。

「おいしいね。」

2人で過ごす時間は、どうしてこんなに私を幸せにしてくれるんだろう?

でも、いつまでも ゆうくんに甘えて曖昧な態度を取るのは良くないよね。


私は、今日こそ、ゆうくんに気持ちを伝えようと決めていた。


「ごちそうさま。」

ピザを食べ終わると、ゆうくんが、おつまみにチーズや生ハムなどを冷蔵庫から出してくれた。

「奏、ビールのままでいい?
ワインとかチューハイとかもあるよ。」

「ゆうくん、どうするの?」

「んー、ワインの気分かな?」

「じゃ、私も。」

「おっけ。」

背の高いゆうくんが上の棚からワイングラスを出して準備してくれてるのを見ながら、

子供の頃から一緒だったから、普段はあんまり思わないけど、こうして見ると、ゆうくん、かっこいいなぁ。

私、やっぱりゆうくんが好きだなぁ。

と思った。


「こっちでまったり飲も。」

と言って、ゆうくんはソファの前のローテーブルにワインとつまみを運んだ。

ゆうくんはソファに座り、私はソファを背もたれにして、センターラグに直接座り込んだ。

「何で、そこ?」

ゆうくんが私を見て笑った。

「ん、なんかここが落ち着く感じ?」

ゆうくんの膝を肩に感じながら、下からゆうくんを見上げた。


ゆうくんはコルク栓を抜くと、ワインを注いでくれた。

「ありがと。」

ワインを一口含むと、私から切り出した。

「ゆうくん、ゆうくんはもしかしたらあんまり
聞きたくない事かもしれないけど、聞いて
欲しい事があるんだ。」

「ん、何?」

一瞬、ゆうくんの表情が強張った気がした。

「………あのね、私、1年前のお正月にね、
プロポーズされたの。」

ゆうくんは、目を見開いて私を見つめた。

「うん、それで?」

「3年位付き合ってた人でね、自分から好きに
なった人じゃないけど、私をとても大切にして
くれてね、真剣に愛してくれてる人だと
思ったから、この人と一生寄り添って穏やかに
生きて行こうって思ったの。」

「………うん。」

「だけど、ひと月後のバレンタインの日に、
『他に好きな人が出来たから別れよう』って
言われてね、もう誰も信じられなくなって、
東京から逃げ帰ってきたの。」

「………バレンタインって、奏の誕生日
じゃん。」

「うん。
だから、余計に堪えたっていうか、帰ってきて
しばらくは引きこもりみたいな生活をしてて、
最近、ようやく外に出られるようになった
ばかりで。

だから、ゆうくんに好きって言ってもらえて、
すっごく、すっごく嬉しかったんだけど、
すっごく嬉しい分、逆にすっごく怖くて、
また裏切られたらどうしようと思うと、踏み
出せなくて、だから………」



ソファから下りて膝をついたゆうくんが、私を抱きしめてくれた。

「俺は裏切らないし、奏以外、絶対に好きに
ならない。
俺の心の中には、ずっと奏がいたし、奏しか
いなかった。
それは、この先も何があっても絶対に変わら
ない。
だから、奏も俺を信じて。」

ゆうくんの腕の中で、私は胸がいっぱいになり、そのままゆうくんにしがみついて泣いた。

ゆうくんは、何も言わずに私を抱きしめて、時折、頭を撫でてくれた。


私は、少し落ち着くと、更に続けた。

「私ね、バレンタインに失恋するの、2回目
だったの。」




ゆうくんは腕をほどいて、私の顔を見た。

「1回目は、大学3年の時。」

ゆうくんは黙って聞いていた。

「突然、恭子から電話があったの。」

「!」

思い当たる事があったのか、ゆうくんは表情を曇らせた。

「ゆうくんと付き合う事になったって。」

「………失恋って事は、その時、奏は、俺の事
好きだったって事?」

複雑な表情でゆうくんが言った。

「恭子が、ゆうくんの事好きだったから、
ずっと言えなかったけど、私はゆうくんが
好きだったよ。」

ゆうくんはうな垂れて言った。

「あの時、河合に言われたんだ。
奏には俺じゃなくて他に好きな奴がいるって。
だから、とりあえず、お試しでも気晴らしでも
いいから、付き合おうって。」

「!」

「気が動転して下を向いたら、頷いてOKした
事になってて。
でも、1週間後にちゃんと断ったよ。」





「奏、その頃、安藤から告白されなかった?」

「………そんな事もあった。」

「断る時に『他に好きな人がいる』って
言ったのを河合が聞いて、奏に直接確認した
って言ってた。
奏が好きなのは俺じゃないか?って。
そしたら、奏は『大丈夫。違うよ。』って
答えたって。」

「それはっ!」

私は言葉に詰まった。

「それは…
恭子には言えなかったの。
今更、ほんとはゆうくんが好きですなんて。
………だから、嘘をついたの。」

「そっか。
ちゃんと奏に直接聞けば良かったんだな。
俺も告白して振られる勇気がなかったから。」

「ううん。
元はと言えば、ずっと自分に嘘をついて
恭子の応援する振りをしてた私が悪いの。
………ごめんね。」

ゆうくんは、そのまま私をもう一度抱きしめた。

「奏、俺と付き合おう?
絶対に幸せにするから。
絶対、裏切らないと誓うから。」

私は、黙って頷いた。

ゆうくんは、腕を緩めると、今度は肩を抱いて、そっと口づけた。

何度も何度も口づけて、私がゆうくんの背中に手を回すと、口づけは深く深くなっていった。


「奏、今日はこのまま奏といたい。
このまま奏を俺のものにしていい?」

耳元でゆうくんが囁いた。

私は、ゆうくんを見つめて微笑んで言った。

「ダメ! 初詣、行くの!」

ゆうくんは一瞬目を見開いて、それから、声を上げて笑った。

「かなで〜、この場面でそれはないでしょ?」

「初詣、約束したよね?」

「はい。」

ゆうくんは、しょんぼりして時計を見た。

時刻は11時30分。

「除夜の鐘、突きに行かない?」

と私が言うと、

「しょうがないな。」

とゆうくんも笑った。



だって、そんな急に先に進むのは、やっぱり不安なんだもん。