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クリスマスイブ

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12月24日(月)

『葵ちゃん、今日、時間ある?』

朝、私は葵ちゃんにメッセージを送った。

『奏ちゃんのためなら、いつだって時間
あけちゃう(◦˘ З(◦'ںˉ◦)ƾ੭ੇ ♡』


午前10時、葵ちゃんからの返信を受けて、私は葵ちゃんちに来た。

「奏ちゃん、いらっしゃい。」

葵ちゃんがにこやかに迎えてくれる。

「お邪魔します。」



「奏ちゃん、ケーキ食べるでしょ?」

「はい。ありがとうございます。」

葵ちゃんは、ブランデーたっぷりのフルーツケーキとミルクティーを出してくれた。

「2日前に焼いたんだけど、ちょうど今が
食べ頃だと思うわ。」

葵ちゃんは、お菓子作りが上手で、子供の頃には、よく一緒に作らせてもらった記憶がある。

「で? 奏ちゃんは、今日は何のお話?」

「こんな事、ゆうくんのお母さんに相談する
のは間違ってるって、分かってるんです
けど…」

ほんとは、話すかどうかまだ迷ってる。

でも………

「相談できる人が葵ちゃんしかいなくて…」

「うん。
いいのよ。
今日の私は、奏ちゃんの親友の葵ちゃん。
優音の母は、お休みするから。」

「………この前、ゆうくんに告白されたん
です。
でも、私、すぐに返事ができなくて…
明日も飲みに誘われてるんですけど、
ちゃんと返事もできないのに、どうすれば
いいか分からなくて…」

「奏ちゃんは、何で返事できないの?」

「怖くて………
前の人にプロポーズされた直後に振られた
から、もう訳分かんなくて…
ゆうくんの事は、好きなんです。
でも、だからこそ、また裏切られて傷つくのが
怖くて…
ゆうくんはそんな人じゃないって、頭で
分かってても、やっぱり怖くて…」

葵ちゃんは、私の話を静かに聞いてくれた。

「私が失恋話を話した事あるのって、
葵ちゃんだけだから、相談できるのは
葵ちゃんしかいなくて………」



「奏ちゃん?
奏ちゃんは、その気持ち、優音に伝えた?」

「……… 」

私は無言で首を振った。

「まずは、どう返事するかじゃなくて、
どうして返事ができないかを伝えておいで。
優音は、きっと一緒に考えてくれるから。
奏ちゃんが不安に思ってる事、どうしたら
優音を信じられるか、一緒に考えて、安心
できる答えを探してくれるから。」

「うん………
そうだね。
そうする。
葵ちゃん、ありがとう。」

葵ちゃんに相談して良かった。



「で、ここからは、優音の母としての意見。」

私は驚いて顔を上げた。

「優音にとって、奏ちゃんは、特別なんだよ。
奏ちゃんは、元彼と結婚しようって思える位、
好きになって、裏切られて次の恋に進めない
位、傷ついたけど、優音には、多分、奏ちゃん
以外に心動かされた女の子はいないと
思うの。」

「え?」

「そもそも、優音は恭子ちゃんとほんとに
付き合ってたのかな?
前に奏ちゃんから聞いた時にもへんな気が
したんだけどね。

高校生の頃までは、あの子、恭子ちゃん?
クリスマスとかバレンタインとかの行事ごとに
プレゼントを持ってうちに来ることは
あったけど、優音は全部断ってたみたい
だったわよ?

大学生になってからも、1度もうちに連れて
きた事もなければ、挨拶された事もないもの。

就職してうちに帰ってきた後も、あの子、
休みの日に家でゴロゴロしてたし。
普通、彼女がいたら、デートに連れてく
でしょ!?」

私は驚いて言葉も出ない。

「奏ちゃんが東京に行って、1年位した頃かな?
翔子(しょうこ)ちゃんが、休みの日に
うちに遊びに来たの。」

翔子ちゃんは、私の母だ。

「その時に、奏ちゃんに東京で彼氏ができた
って話になってね。

たまたまそこでテレビを見てゴロゴロしてた
優音が聞いちゃったのよ。
それからしばらく、優音、荒れてね〜。
しばらくして落ち着いたかと思うと、今度は
女の子、取っ替え引っ替えしてたみたい。
あの子、それなりにモテるみたいだからさ、
来る者拒まず?みたいな。
奏ちゃんの事、忘れたいのかな?って思って、
何も言わずに見てたけど…。

でも、結局、この人!って言う人には、巡り
会えなかったみたいで、私、未だに優音の
彼女って1度も紹介してもらった事ないのよ?」

ふふっと葵ちゃんは笑った。




「………知らなかった。」

葵ちゃんから見たゆうくんの話は、初めて聞く内容だった事もあり、にわかには信じ難かった。

「あくまで私の見た感じだから、優音が
本当は何を思って、どう感じてたかは、本人に
聞かないと分からないわよ。

それは、奏ちゃんが、自分で優音にぶつかって、
確かめていらっしゃい。」

「………はい。」

私はミルクティーのカップを口にして、少し心を落ち着けようとした。

「優音はきっと、奏ちゃんに想いを伝えない
まま諦めた事をとても後悔したと思うの。

だから、今、あの子は必死で奏ちゃんに想いを
伝えてるんだと思うわ。」

「……… 」

「先週、優音が私と奏ちゃんとのデート
横取りしたじゃない?

ちゃんと自分の気持ち伝えられるように
なったんだなぁ…って思って、私、ちょっと
嬉しかったのよ。」

「だから、あんな恥ずかしい事、平気で口に
するのかなぁ?」

私が1人呟くと、一瞬、葵ちゃんの目がキラキラと輝いた気がした。

「何? 何?
優音ってば、どんな事言うの?」

「あっ、いえ、それは………

あ、そうそう。
葵ちゃん、今日、ゆうくんはきっと
プレゼントを用意してくれてますよね!?
私、何も用意してないんです。
ゆうくん、何をあげたら、喜ぶかなぁ?」

「ふふふっ
ごまかしたわね。
何でも喜ぶわよ、奏ちゃんがくれる物なら。
それこそ、どんぐりだって、松ぼっくり
だって。」

と、葵ちゃんは笑った。

「えぇ〜!?
それじゃあ、何の参考にもならない。」

と私が不満を漏らすと、

「1番は、奏ちゃんだと思うけどね。」

と言って、葵ちゃんは、今日1番の笑顔をしてみせた。

「っ!?
それは、ムリ!!」

「ふふふっ」

葵ちゃんは楽しそうに笑った。


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20時。
結局、何のプレゼントも買えないまま、ピアノバーでの演奏時刻になってしまった。

今日は、クリスマスソング一色で繋いでいく。

目の前のいつもの席には、いつものゆうくん。


21時。
演奏を終えると、ドレスからワンピースに着替えて、少しだけゆうくんの隣に座る。

「来てくれて、ありがと。」

「今日の奏、一段と綺麗だな。」

「っ!!」

困る!
毎回、こんな甘々のセリフ言われたら、ドキドキが止まらないじゃない!

私なんかより、絶対、ゆうくんの方がかっこいいのに。


精神衛生上、ゆうくんのそばに長居するのは良くないので、早めに切り上げて控え室に戻った。

あのまま ゆうくんの隣にいたら、絶対次のステージ、平常心で演奏できる自信がない。

今は、とりあえず心を落ち着かせて、次のステージに備えたい。



22時。

第2ステージはクリスマスソングにラブソングを交えながら、演奏する。

さすがクリスマスイブ。

今日は、ほとんどがカップルのお客様。

まぁ、ここはホテルの最上階だし。

皆さん、このまま愛を育まれるのでしょうね。

私には関係ないけど。


でも、最後の曲は、やっぱり『愛の夢』。

ゆうくんを想って奏でる。





満場の拍手をいただいて、控え室に戻ると、再びワンピースに袖を通して、ゆうくんの席へと戻る。


「お待たせ。」

「うん。
何飲む?」

ゆうくんの目が優しくて、なんだか照れてしまう。

「んー、じゃあ、モスコミュール。」

ゆうくんが自分の分と一緒にオーダーしてくれた。

カクテルが届いて、2人で乾杯する。

「奏。」

ゆうくんは、ジャケットの内ポケットから、細長い箱を取り出した。

「クリスマスプレゼント。
もらって。」

「ごめん。
私、何がいいか分からなくて、プレゼント
用意してないの。
ほんとにごめん。」

私が頭を下げると、

「そんなの気にしてないから、いいよ。
それより、開けてみて。」

「うん。ありがと。」

ゆうくんに促されて、シルバーのラッピングを開くと、中からは、真っ白いベルベットの箱。

開けると、そこには、シルバーのチェーンにト音記号をモチーフにしたペンダントトップがついたネックレスが。

そして、ト音記号の先にはキラキラ輝く透明な石。

「かわいい〜♡
すっごく嬉しい!!!」

今すぐにでも着けたい気分。
でも………

「でも、これ、もしかして、ダイヤじゃない?
こんな高価な物、もらえないよ。」

「返されても困るから、もらって。
俺がこんなのぶら下げてたら、変だろ?」

と言って、ゆうくんが笑うから、私の心も少し軽くなった。

「じゃあ、お言葉に甘えて。
ほんとにありがとね。」

ゆうくんは、黙って微笑んでいる。

「ねえ、今、着けてみていい?」

と私が聞くと、

「あぁ。
着けてやるよ。」

と言って、ネックレスを取り、私の背後に立った。

首元をゆうくんの手がなぞると、心臓が壊れそうなほどドキドキした。

「はい。」

そう言って、ゆうくんの手が離れていくと、今度は少し寂しくなった。

「ゆうくんは、何が欲しい?
今度、一緒に買いに行こ。」

と私が言うと、

「ん、欲しいものは買えないから。」

と答えた。

昼間の葵ちゃんの言葉を思い出した私は、一人で真っ赤になって俯いてしまった。




「奏、どうした?」

「何でもないよ。」

ゆうくんが、私を見つめて微笑んでいる。

「ゆうくん、あのね、今度、聞いて欲しい事が
あるの。」

葵ちゃんに言われた通り、ゆうくんに話してみよう。

「ん? 何?」

「今日は遅いし、また今度でいいから。」

「ん? よく分かんないけど、分かった。
じゃあ、初詣で行こうよ。」

「うん! 行きたい!」

「いっそ、一緒に年越しする?
晩飯、食べて、テレビの年末特番見ながら
ちょっと飲んで、年が明けたら深夜に初詣で。」

「うん、いいよ。
楽しみ。」

何だろう?
とっても嬉しい。


グラスが空になると、

「そろそろ帰ろうか?」

とゆうくんが言った。


私が控え室からドレスを取ってくると、ゆうくんは左手で私からドレスを取り、右手を腰に回してきた。

っ!?

密着具合が、半端じゃない。

でも………

ウォッカベースのモスコミュールの酔いが心地よく回ってたせいか、ゆうくんの手も心地よくて、そのままくっついて家に帰った。