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奏は俺のもの

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─── 1月7日(月) ───


12時。

奏は今日からこの時刻に食事に向かうはず。

俺は今朝、奏が作ってくれた弁当を手にエレベーターホールで待っていた。

程なく、奏たちがやってきた。

俺を見つけた奏が、嬉しそうに微笑む。

「ゆうくんも今お昼?」

「ああ。奏、一緒に大丈夫?」

俺が他のパートさんに視線を移すと、

「うん。いいですよね?」

と確認してくれた。


社員食堂に着くと、空いた席を見つけて2人で座る。

奏がテーブルを拭き、俺がお茶を汲む。

一緒に座って同じお弁当を広げる。

「ふふっ。なんだか照れるね。」

と恥ずかしそうにいう奏がかわいくて、会社だという事を忘れそうになる。


5分程して、同じ部署の池沢と吉田が近づいてきた。

「課長! ここ、ご一緒してもいいですか?」

まじかぁ…
ほんとは全然良くないけど、そうは言えず、

「あぁ、どうぞ。」

と答えた。

「こんにちは。」

池沢がニコニコと奏に話し掛ける。

「こんにちは。」

奏もにっこりと挨拶を返す。

奏、こんな奴に笑わなくていいから。

「綺麗な人ですね〜。ね、課長?」

池沢の素直さは、時に犯罪だ。

「どちらの部署の方ですか?
今度、飲みに行きましょうよ。」

は?
池沢、ナンパか?

「え? あの…。」

奏は返事に困っている。

「あ、僕、5階にいます池沢 瑠偉(いけざわ
るい)っていいます。
連絡先、教えてもらえませんか?」

奏が視線でSOSを伝えてきた。

「池沢〜!
社食でナンパするな!」

上司として注意するが、

「えぇ!?
でも、今、聞かなかったら、次、いつ会えるか
分かんないじゃないですか?」

と池沢は全く意に介しない。

すると、吉田が気づいた。

「池沢、諦めろ。」

「なんで!?」

「彼女と課長の弁当、中身一緒だぞ。」

池沢は、俺たちの弁当箱を見比べる。

吉田、グッジョブ!

「えぇ〜!?
もしかして、課長の彼女さんですか?」

池沢の通る声が、周囲の視線を集める。

「そうだよ。」

俺が認めると、奏は顔を赤くして、俯いた。


「課長、いいなぁ、こんな綺麗な彼女に愛妻
弁当作ってもらえて。
彼女いるなんて、全然言ってなかったじゃ
ないですか?」

「わざわざ言う必要はないだろ。
それより、お前、うるさい。
メシぐらい静かに食え。」

「はーい。」

まったく!
手のかかる部下だ。

「ふふふ。」

俺たちの会話を聞いて、奏が笑っている。

「名前くらいは聞いてもいいですよね?」

池沢が、奏の顔を覗き込んだ。

奏は俺を気にするように見てから、

「橘 奏(たちばな かなで)です。
よろしくお願いします。」

と自己紹介した。

すると、池沢が、

「課長、大変ですね。」

と言い出した。

「何が?」

「だって、こんな綺麗な彼女、いつ他の男に
口説かれるかヒヤヒヤしてないといけない
じゃないですか?」

池沢は、俺の地雷を踏んだ。

「ふん。大丈夫だよ。
お前らには分からない深〜い絆で結ばれてる
からな。」

それは俺の強がりでしかなかった。

奏が弁当箱を片付けると、

「奏、行くぞ。」

と奏の腕を掴んで、立たせた。

奏の腕を引いて歩くと、社員食堂中の注目を集めたが、これで奏が俺のものだと周知されるのは悪い気がしなかった。



俺に彼女ができたという噂は、あっという間に本社内を駆け巡り、俺は頭取である親父から、軽率な行動は慎むよう、厳重注意を受けた。



その日、俺は、新しくできた人気のフレンチレストランを予約した。

2月14日。
奏の誕生日に。

まだ1ヶ月以上先だが、人気店のため、なかなか予約が取れないから、早めに予約をするといいと池沢が教えてくれた。

池沢が奏をナンパし始めた時は、ムカついたが、基本的にはこいつは仕事もできるし、いい奴だ。


次に宝飾店を回る。

サイズが分からないので、奏が寝ている間にビニタイを指に巻きつけてかたどった物を持ってきた。

ピアノを傷つけないように、爪のないタイプを選んだ。


辛い誕生日を過ごした奏に、少しでも誕生日を好きになってもらえるよう、これからは毎年、楽しい思い出を残してあげたい。



─── 2月14日 木曜日 ───

18時30分。
奏を迎えに行く。

手を繋いで、駅の反対側にできたフレンチレストランに向かう。


19時。
シャンパンで乾杯。

「奏、誕生日おめでとう。」

と言うと、

「ありがとう。」

と奏が嬉しそうに微笑む。

予約しておいたコース料理を食べながらも、俺は緊張していた。

最後のデザートを食べ終わると、奏は、紙袋をテーブルに出した。

「ゆうくん、これ、もらって。
ゆうくんが大好き。
子供の頃から、ずっと義理チョコのふりしてた
けど、ほんとはずっとあれも本命チョコ
だったよ。」

めっちゃ、嬉しい!

「中学生の頃の俺に聞かせてやりたいなぁ。
あの頃、奏は俺の事、友達としか思ってない
から、河合の応援してると思って
落ち込んでたんだからな。」

「ご、ごめんなさい。」

奏が落ち込むのを見て、

「いいよ。もう気にしてないし。」

と、頭を撫でた。

「開けていい?」

「いいよ。」

中には奏のいつものガトーショコラ。

「ありがとう。
俺が毎年、楽しみにしてたやつだ。
帰って食べるのが楽しみ。」

そして、

「じゃあ、今度は俺から。」

と緊張しながら、小さな箱を取り出した。

「誕生日おめでとう。」

「ありがとう。」

「開けてみて。」

奏が俺を見上げる。

「いいの?」

と聞くから、俺はにっこり頷いた。

ラッピングを解くと、中から黒いベルベットの小箱。

中を開けて、

「ゆうくん、これ……?」

と俺を見つめる。

「奏、結婚しよ。
ずっと奏を大切にする。
もう奏と離れたくないんだ。
一生、俺のそばにいて。」

と想いを伝えた。

「はい……」

よかった!!

今まで生きてきて、1番嬉しい『はい』だな。


俺は、指輪を取り出すと、奏の左手を取って薬指にゆっくりとそれをはめた。


奏、愛してる…



─── 1年後 ───

俺は、奏を待っている。

お義父さんに手を引かれて、ゆっくり奏が歩いてくる。

お義父さんの手を離れて、俺のもとにやってきた奏。


俺は、どうしても奏の誕生日に結婚したくて、迷惑を承知で金曜日に式を挙げた。


披露宴は明日。
今日は、家族だけの式。


白いドレスを着た俺だけのお姫様。


出会った時と同じ…


あれは、きっと運命の予感だったんだな。


永遠に俺だけのお姫様。


俺は庶民だけど、
奏……
俺のところに来てくれて、ありがとう。


奏、愛してる。


永遠に、奏だけを愛してる。






─── Fin. ───