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正月

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─── 12月31日(月) ───

18時。

ピンポーン ♪

ピザが届いた。

「奏、届いたよ。食べよ。」

奏が取り皿とグラスを出してくれた。

グラスにビールを注いで、

「乾杯!」

とグラスを重ねた。

「おいしいね。」

奏も楽しそうだ。


ピザを食べ終わって、ワインを出す。

「こっちでまったり飲も。」

そう言って、ソファの前のローテーブルにワインとつまみを運んだ。

俺がソファに座ると、奏はソファを背もたれにして、センターラグに直接座り込んだ。

「何で、そこ?」

思わず、笑ってしまった。

「ん、なんかここが落ち着く感じ?」

俺は膝に奏の肩を感じながら、奏を見下ろす。


奏はワインを一口含むと、話を切り出した。

「ゆうくん、ゆうくんはもしかしたらあんまり
聞きたくない事かもしれないけど、聞いて
欲しい事があるんだ。」

「ん、何?」

聞きたくない事?
悪い話の方だったか?

「………あのね、私、1年前のお正月にね、
………プロポーズされたの。」

俺は驚き過ぎて、固まった。

「…うん。それで?」

「3年位付き合ってた人でね、自分から好きに
なった人じゃないけど、私をとても大切に
してくれてね、真剣に愛してくれてる人だと
思ったから、この人と一生寄り添って
穏やかに生きて行こうって思ったの。」

「……うん。」

「だけど、ひと月後のバレンタインの日に、
『他に好きな人が出来たから別れよう』って
言われてね、もう誰も信じられなくなって、
東京から逃げ帰ってきたの。」

「………バレンタインって、奏の誕生日
じゃん。」

俺は、奏がプロポーズされた事より、奏が振られた事より、奏を誕生日に傷つけた事が許せなかった。

「うん。
だから、余計に堪えたっていうか、帰ってきて
しばらくは引きこもりみたいな生活をしてて、
最近、ようやく外に出られるようになった
ばかりで。

だから、ゆうくんに好きって言ってもらえて、
すっごく、すっごく嬉しかったんだけど、
すっごく嬉しい分、逆にすっごく怖くて、
また裏切られたらどうしようと思うと、
踏み出せなくて、だから…」


俺は思わず、ソファから下りて奏を抱きしめた。

「俺は裏切らないし、奏以外、絶対に好きに
ならない。
俺の心の中には、ずっと奏がいたし、奏しか
いなかった。
それは、この先も何があっても絶対に
変わらない。
だから、奏も俺を信じて。」

奏は俺の腕の中で、俺にしがみついて泣いた。

俺は、何も言わずに奏を抱きしめて、頭を撫でた。


奏は、少し落ち着くと、更に続けた。

「私ね、バレンタインに失恋するの、2回目だったの。」


俺は腕を緩めて、奏の顔を見た。

「1回目は、大学3年の時。
突然、恭子から電話があったの。」

「!」

それって…。

「ゆうくんと付き合う事になったって。」

「………失恋って事は、その時、奏は、俺の事
好きだったって事?」

奏はずっと、俺の事、友達としか思ってないと思ってた。

違ったのか?

「恭子が、ゆうくんの事好きだったから、
ずっと言えなかったけど、私はゆうくんが
好きだったよ。」

気づかなかった…

「あの時、河合に言われたんだ。
奏には俺じゃなくて他に好きな奴がいるって。
だから、とりあえず、お試しでも気晴らしでも
いいから、付き合おうって。」

「!」

「気が動転して下を向いたら、頷いてOKした
事になってて。
でも、1週間後にちゃんと断ったよ。」



俺は、事情を説明した。

「奏、その頃、安藤から告白されなかった?」

「……そんな事もあった…。」

「断る時に『他に好きな人がいる』って
言ったのを河合が聞いて、奏に直接確認した
って言ってた。
奏が好きなのは俺じゃないか?って。
そしたら、奏は『大丈夫。違うよ。』って
答えたって。」

「それはっ!」

奏が珍しく大きな声を上げた。

「それは…
恭子には言えなかったの。
今更、ほんとはゆうくんが好きですなんて。
…だから、嘘をついたの。」

「そっか。
ちゃんと奏に直接聞けば良かったんだな。
俺も告白して振られる勇気がなかった
から…。」

「ううん。
元はと言えば、ずっと自分に嘘をついて恭子の
応援する振りをしてた私が悪いの。
…ごめんね。」

俺は、そのまま奏をもう一度抱きしめた。

「奏、俺と付き合おう?
絶対に幸せにするから。
絶対、裏切らないと誓うから。」

奏は、黙って頷いてくれた。

俺は、腕を緩めると、今度は肩を抱いて、そっと口づけた。

何度も何度も口づけて、奏の腕を背中に感じると、口づけは深く深くなっていった。


「奏、今日はこのまま奏といたい。
このまま奏を俺のものにしていい?」

奏の耳元で囁いた。

すると、奏は、俺を見つめて微笑んで言ったんだ。

「ダメ! 初詣で行くの!」

俺は、まさかここで否定されるとは思ってなくて、思わず笑ってしまった。

「かなで〜、この場面でそれはないでしょ?」

「初詣、約束したよね?」

「はい。」

俺は落胆しながら、時計を見た。

時刻は11時30分。

「除夜の鐘、突きに行かない?」

と奏が言うから、

「しょうがないな。」

と笑った。



俺たちはコートを着ると、手を繋いで部屋を出た。

外に出ると、深夜の外気は肌を刺すように寒かったが、2人でいるだけで幸せだった。

俺は指を絡めて繋いだ2人の手を、自分のコートのポケットに入れた。

俺は奏と繋がってる事が嬉しかった。


俺たちは徒歩10分程の所にある寺に来た。

鐘を撞く橦木(しゅもく)を2人で握り、一緒に撞いた。


俺の頭の中は、未だ冷めやらぬ煩悩の塊だけどね。


その後、5分程歩いて、大きな神社に来た。

俺は時計を見て、

「奏、あけましておめでとう。」

と言った。

「ゆうくん、あけましておめでとう。
今年もよろしくね。」

「こちらこそ、今年もよろしく。」

「ふふふっ」

嬉しそうに笑う奏がとても愛しい。

俺は奏の手をしっかり握り直した。


俺たちが初詣から帰宅すると、1時半を回っていた。

俺は奏を部屋の前まで送り、

「奏、好きだよ。
おやすみ。」

と口づけた。

真っ赤になって俯きながら、

「おやすみなさい。」

と言う奏はとてもかわいかった。

奏が部屋に入るのを見届けて、俺も部屋に帰った。






午前11時。

奏を迎えに来た。

俺が実家へ帰るついでに、奏も実家へ送って行く約束だった。

「ゆうくん、ありがと。」

昨夜の事があるせいか、少しはにかんだように微笑む姿がかわいくて、思わず奏の肩を引いて顔の向きを変えた。

「奏…」

俺はかわいい奏に口づける。

「んっ…」

奏は逃れようとするが、俺は離さない。
次第に奏の力も抜け、しがみつくようにキスを受け入れた。

しばらくして奏を解放すると、素直に謝った。

「ごめん。奏がかわいすぎて、我慢
できなかった。」

「もう! ゆうくん、ここ廊下だよ。」

怒る奏がかわいくて、ちょっとだけ意地悪をしたくなった。

「廊下じゃなきゃいいんだ?」

「!! もう、知らない!」

拗ねる奏もかわいくて仕方ない。

「ごめん。どうしよう。拗ねる奏が
かわいくて、もう1回したくなった。」

「! んもぅ!」

怒りながらも、奏は笑っていた。


そのまま俺は、奏と手を繋いで駐車場へ行き、実家へと送っていった。