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週末には

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─── 12月14日 金曜日 ───

俺は奏のピアノを聴くために、必死で仕事を終わらせた。

奏の演奏は8時からと10時から。

時計の針は、既に8時少し前を指している。

俺は急いで片付けて、会社を後にする。

8時10分。
ピアノバーに着いた。

ピアノ脇の席を予約しておいたので、店員に案内されて着席する。

奏が俺に気付いた。

途端に、ミスタッチ。

あちゃ、
奏、がんばれ!


だんだん、奏の演奏が乗ってくるのを感じた。

伸びやかな心地いい演奏。

奏の表情も穏やかだ。


演奏を終えてしばらくすると、丈が長めのふんわりとしたワンピースに着替えた奏がやってきた。

俺の隣に座った奏に、

「ごめん。驚かせたな。」

と謝った。

「やっぱり分かった?」

奏が悔しそうだ。

「ああ。
でも、その後は上手く立て直したじゃん。
最後の『愛の夢』、感動した。」

演奏を褒めると奏が嬉しそうに笑う。

今日の奏は、俺を見てるかと思えば、不意に目を逸らす。

そんな奏の揺れる瞳から目が離せなくなる。

しばらくすると、次の演奏のために、奏は席を立って戻って行った。



第2ステージ。

さっきより、音が優しい。

かと思えば、激しく強くなる。


表現の幅が広い。

音に感情が乗ってる感じがする。


胸の奥に伝わるものがある。

感動した。



演奏を終えると、奏はまた俺の所に来た。

「何か飲む?」

と聞いたが

「ううん。」

と首を横に振るので、

「じゃあ、帰ろう。送るよ。」

と席を立った。


奏が、控え室にドレスがあると言うから、荷物を取りに行く。

俺が、奏の荷物を取ると、

「ありがと。」

と奏が上目遣いでお礼を言う。

その視線にキュンとなって、思わず空いた方の手で奏の手を取った。



帰りは特に何も喋らなかったけど、手から伝わる温もりを感じて歩いた。


奏の部屋の前で荷物を渡すと、

「ありがと。
荷物も。聴きに来てくれたことも。」

と、また上目遣いでお礼を言われた。
そんな奏を見ると、胸がキュンと切なくなる。

「こちらこそ、ありがとう。
素敵な演奏だった。

おやすみ…」


「おやすみなさい。」

それだけようやく伝えて、俺は、奏の部屋を後にした。




─── 翌 12月15日(土) ───

朝10時。

もうすぐクリスマス。
奏にプレゼントをあげたい。

何をあげようか迷いながら、買い物に出た。

バッグ

アクセサリー

奏は何に喜ぶだろう?

奏を想いながら、冬の街を歩く。


俺は、一軒の宝飾店に入った。

指輪…

あげたいけど、付き合ってもいないのに、重いって思われるかな?

店内のショーケースを眺めていると、一本のネックレスが目に止まった。

プラチナの少し変わったお洒落なチェーンにト音記号がぶら下がってる。

ト音記号の下の丸くなった所には小粒のダイヤ。

奏のためにあるようなネックレスだと思った。

プラチナとダイヤでできたそれは、決して安くはないが、これこそ奏のためのプレゼントだと思えた。

俺は、即決で店員さんを呼んで包んでもらった。

クリスマスが楽しみになった。


17時。

ピンポーン ♪

奏と晩ご飯を食べに行きたくて、奏の部屋のチャイムを鳴らした。


─── ガチャ

奏がドアを開ける。

「こんにちは。」

俺が挨拶をすると、

「こんにちは。」

と奏も返す。

「晩飯、行かない?」

「行かない。」

そんなにすぐに断らなくても…

「なんで?」

と聞くと、

「この後、デートだから。」

と、とんでもない答えが返って来た。

「はぁっ!?
誰と!?
この間、彼氏いないっつったじゃん!」

しまった!
大人気なくムキになってしまった。

「ふふっ。
彼氏はいないよ。
今日は葵(あおい)ちゃんとデートなの♡」

「っ!!
あおい…ちゃん…って、おふくろ!?
何で!?」

「引っ越し祝い&就職祝い?
葵ちゃんは、私の第2の母だから?
ふふふっ。」

なんで母さんが俺の邪魔するかなぁ。
呆気にとられて、言葉も出ない。

「そろそろ支度を始めるから、また今度ね。」

そう言って、奏はドアを閉めようとする。

「ちょっと待て!」

俺は焦って、携帯を取り出し、母に電話した。

「もしもし? 母さん?
母さん、今日、奏とデートってほんと?」

『ほんとよ〜。いいでしょ?』

「でも、ごめん、それ、キャンセルで。」

『なんで〜?』

「何でって、俺がこれから奏とデートする
から。」


「ちょっ!
ゆうくん!!
何、言ってんの!?」

奏が焦って口を挟む。

『えぇ〜!?』

「じゃ、そういう事で。」

『だったら、如月の懐石予約してあるから、
いってらっしゃい。キャンセルも面倒だし。』

「ふーん、分かった。じゃね。」




「何、勝手に断ってんのよ!」

俺が電話を切ると、奏が怒った。

「いいじゃん。おふくろとは、また今度
行けば。
ってか、何で俺が知らない奏の連絡先を
あの人が知ってるわけ!?」

ほんと母さん、ムカつく。

「第2の母だから?」

奏がくすくす笑う。


その直後、奏の携帯が鳴った。

「ぷっ!
葵ちゃんらしい〜。」

奏の携帯を取り上げて見ると、母からのメッセージが…。

『奏ちゃん、ごめんね〜。
優音にいじめられたら、すぐに言ってね。
私がお説教してあげるから(*´艸`*)ァハ♪
また今度、優音に内緒で行こうね♡』

「はぁぁぁぁ…!?
俺が奏をいじめた事なんて、一度もない
だろ…。」

悔しかった俺は、奏の携帯を操作して、俺の携帯を鳴らす。

「あぁ!! 何やってんの!?」

「奏の連絡先ゲット♡」

うんうん。
これで奏に電話できる。

「ンもうっ! そんな事しなくても、聞けば
ちゃんと教えてあげるのに。」

やっぱり奏はかわいい。

「じゃ、晩飯行こ?」



「………ヤダ。」

えっ!?

「っ!! 何で!?」

「スッピンだから!」

「ぷっ
奏はスッピンでもかわいいって言ってる
じゃん。
気にしなくていいのに。」

ほんとに奏はかわいいなぁ。

「私が気になるの!」

「じゃあ、待ってる。
化粧していいよ。」

「言われなくても、するわよ。
ってか、また、ここで待つ気?」

「うん。適当にくつろいでるから、
気にしないでのんびり支度していいよ〜。」



「お待たせ。」

ハーフアップにしたストレートの長い髪がさらりと揺れる。

「うん。奏、綺麗。」

「あ、ありがと。」

照れる奏もかわいい。

「行こ。」

手を繋いでエレベーターに乗る。

指を絡ませてみる。

奏が焦ってるのが指から伝わる。

やっぱりかわいい。



駐車場から、車を走らせる事10分。

如月という看板も出していない日本料理店に着いた。

ここは、両親の行きつけの店だ。



「田崎です。」

と名乗ると、

「お待ち申し上げておりました。
こちらへどうぞ。」

と案内される。



通されたのは、8畳程の和室。

真ん中に黒檀の座卓があり、座布団が用意されていた。


「くつろいでお待ちくださいませ。」

と仲居さんが襖を閉める。


奏と離れ難くて、手を離せない。

「んんーー! 隣が良かったけど、向かい
合わせで用意されちゃってるから、
しょうがないか。」

諦めて、手を離して向かい側に座った。



「ここ、外から見ると普通の家みたい
だったね。」

奏が落ち着かない様子で辺りを見回す。

「あぁ、隠れ家みたいで落ち着いてて
いいだろ?」

と言うと

「ゆうくん、予約してくれてたの?」

と奏。

「違うよ。
ここは、おふくろが予約してたらしい。
さっき、電話で、キャンセルが面倒だから、
奏と行ってこいって言ってた。」

と説明した。


「奏、酒飲む?」

と聞くと、

「んー、いらないかな?
ゆうくん、飲みたいなら、飲んでいいよ。」

と奏が答えた。

「俺も今日はいいかな?
車だし、今飲んだら、うっかり奏を
襲っちゃいそうだし?」

冗談混じりに言ってみたが、奏が狼狽えてるのが分かる。

まずは奏のお友達感覚を何とかしないと、先には進めない。

俺を雄として認識してもらわないと勝負にならないからなぁ。

「それより、奏、いつからおふくろと連絡
取り合ってんの?」

今日、1番気になってた事を聞いてみる。

「こっち戻ってきてすぐの頃かな?
私が引きこもってたら、お母さんのとこに
遊びに来た葵ちゃんがいろいろ相談に乗って
くれて…。
今の会社も葵ちゃんが紹介してくれたんだよ。」

ん?

「奏、引きこもってたの?
何で?」

「いや、大した事じゃないよ。
いろいろあって、あんまり外に出たくなくて、
家でぐだぐだしてただけだから。」

その時、ふと母の陰謀に思い当たった。

「っ!!
もしかして、マンションもおふくろの紹介?」

「うん。オーナーさんに直接交渉してくれて、
家賃も少し安くしてもらえたんだよ。
葵ちゃんには、感謝してもしきれないよ。」

あのマンションは母の友人がオーナーをしていて、俺も母の紹介で部屋を借りている。

「はぁぁぁぁ…。
俺は孫悟空か?
いつまであの人の手の中で踊らされれば気が
済むんだ?」

「えっ? 孫悟空? 何それ?」

「あぁ、奏は分かんなくていいから。」

「は?」

「さ、食べようぜ!」

職場が同じで、住んでる家も同じ。

絶対、奏を嫁に欲しい母の策略に違いない。

偶然の再会を狙って仕組まれた罠に、俺はまんまと嵌(はめ)められたんだ。

でも、まぁ、お陰で奏と再会できたんだし、感謝してやろう。

そう思うと俺は、ご機嫌で料理をがっつり食べたのだった。



─── 翌 12月16日 日曜日 ───

今日は、奏を部屋に呼ぼう。

俺はそう決めて、奏にメールした。


『今から昼飯作るから、食べに来いよ。』

『楽しみ♪
502だったよね?
今から行くね(^∇^)』

やった!
奏が俺の部屋に来るのは、大学入学の時以来だ。



ピンポーン

「いらっしゃい。上がって。」

「お邪魔…しまーす。」

俺の部屋に奏がいる。
嬉しくて顔がにやけそうになるのを必死で抑える。

「ゆうくんち、広いね。」

「そう?
まぁ、奏んちみたいに防音室入れてないから、
余計にそう見えるのかもな。」

キョロキョロしてた奏が、

「ゆうくん、これ…?」

楽器を見つけた。

「あぁ。いいだろ?
p BONE って言うんだ。
出して吹いてみていいよ。」

奏はプラスティック製のトロンボーンに興味深々だ。

「こんなのあるんだ。音は? いいの?」

「んーー。
趣味でやる分には、これで十分かな?
ほら、ピアノだって、電子ピアノだし?」

やっぱり奏の興味は俺より音楽かぁ。

「奏、もうすぐできるから、こっちのサラダ
運んでもらっていい?」

「分かった。」

奏がサラダを運ぶ。

俺は奏の好物のカルボナーラを作った。
一人暮らし歴はもう9年目だ。
そこそこ料理もできる。

「どうぞ。」

皿を置くと、奏の動きが止まった。

「私、ゆうくんにカルボナーラが好きって
言った事あった?」

「ないけど、みんなで出かけた時、いつも
食べてたじゃん。」

「よく覚えてたね。」

「ずっと見てたからな……。」

奏が固まっている。
固まったまま、カルボナーラを食べた。


「… ごちそうさまでした。」

「お粗末様でした。」

奏は、俺の事、どう思ってるんだろう?
せめて男として意識してくれてるだろうか?


「ねぇ、ボーン吹いてみてよ。」

奏が口を開いた。

「いいけど、防音室じゃないから、ミュート
付けるよ?」

木管楽器に比べて、金管楽器は音が大きく響く。

「いいよ。聴きたい。」

奏のリクエストに答えて、とりあえず簡単な『聖者の行進』を吹いてみる。

聴いてる奏も楽しそうだ。

「私、ピアノ弾いていい?」

俺が頷くと、奏は電子ピアノの電源を入れる。

俺のトロンボーンに合わせて、ピアノで伴奏を付けていく。

小学生の頃から、こういうの、よくやったな。


ジャズの定番曲を何曲か演奏して、ちょっと休む。

「ちょっと、休憩。
これ以上吹いたら、唇腫れそう。」

「まだまだ、修行が足りないね〜。」

奏が軽口を叩く。

「バイオリンに変えてもいい?」

と聞くと、

「いいよ。バイオリンも聴きたい。」

と答えてくれたが、

「でも、やっぱり休憩してから。
奏、お茶飲むだろ?」

俺はお茶を入れにキッチンへと向かった。


「どうぞ。」

俺はコーヒーが好きだが、奏はコーヒーが苦手だ。
お気に入りはミルクティー。

奏に出したミルクティーを見て、

「……… これも覚えててくれた?」

と俺を見上げる。

「…………あぁ。」

何十年、奏と一緒に過ごしてきたと思ってる?
俺の片思い歴は、22年だぞ。
あ、言葉にすると、かなりイタイな。
ストーカーっぽく聞こえる。


お茶を飲み終えて、バイオリンを手にする。

調弦し、呼吸を整える。

大きく深呼吸をして、演奏を始めた。



愛の讃歌


バイオリンに想いを乗せて、心を込めて弾く。

22年分の片思い。

奏との思い出を胸に、奏との未来を夢見て、俺の精一杯の想いを乗せて。



演奏を終えて、バイオリンを置いた。

奏の目に光るものがある。

俺は、右手で奏の目元を拭った。

「奏、愛してる。
ずっと、奏だけを想ってた。」

22年間、口にできなかった想いを伝えて、俺は、奏の肩を抱き寄せた。


俺は奏が泣き止むのを待って、抱き寄せたまま耳元で囁いた。

「返事は今じゃなくていいから、俺との事、
ゆっくり考えて。
俺は、ずっと奏を想ってた。
この気持ちは、きっともう変わらないから。
慌てなくてもいいから、考えてみて。」


「うん。」


奏はどう思っただろう?

これで俺たちの関係は変わるのだろうか?