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再会

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─── 27歳 12月3日(月) ───

俺はいつものように社員食堂で昼食を取っていた。

「ここ、いいですか?」

突然、女性から声を掛けられた。

混雑した社員食堂では、相席が当たり前。
俺は4人掛けのテーブルを1人で使っていたからだろう。

「どうぞ。」

と声を掛けると、彼女は周りに指示を出す。

こんな時期に新人研修か?

周りの人間は、社員食堂に初めて来たようで、いろいろな説明を受けていた。

しばらくして、説明が終わると、向かいの席から聞き覚えのある声がした。

「いただきます。」

澄んだ少し高めのその声に、俺は顔を上げた。

「かな…で?」

「ゆう…くん?」

ずっと会いたくてたまらなかった奏が、目の前にいる。

今すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られるが、場所と人目を考えて、気持ちを抑える。


「久しぶり。」

俺は穏やかに微笑んだ。

いろいろあったが、会えた事が何より嬉しかったから。

「…うん。久しぶり。」

奏が、微笑んだ。

久しぶりに見る奏の笑顔が、俺の心をざわつかせる。

やっぱり、奏が好きだ。

「西田さん、こちら、田崎優音くん。
同級生なんです。」

と、隣にいる女性に紹介した。

「そっか。
ゆうくん、OK銀行に就職したって聞いてた
けど、本社だったんだね。」

突然の再会に奏も驚いているようだ。

「うん。
今、5階の市場金融部ってとこにいる。
奏は?
東京にいるんじゃなかった?」

出来るだけ平静を装って、近況を探る。

「今年の春、帰って来たの。
で、今日からここの別館3階でパート勤務。」

はぁっ!?
パート!?
奏、主婦なのか?

「パート? 結婚したの?」

俺は、動揺を隠しきれない。

「ふふっ。違うよ。
無職じゃ、家賃も払えないから、とりあえず、
つなぎで半年間パートなの。」

ふぅぅぅっ…
良かった。

「そうなんだ。
…もっと話したいけど、俺、もう時間だから
行かなきゃ。
奏は、いつも昼休み、この時間?」

「今週は12時40分から40分なんだって。
一週間交代で、来週は12時からって言ってた。」

「そっか。
じゃあ、また会えるといいな。
お先に。」

「うん。またね」

よし!
仕事が許す限り、この時間に昼休みを取ろう。

そう考えながら、午後の仕事に戻った。


─── 12月5日 水曜日 ───

俺はエレベーター前で、奏を待ち伏せた。

何機かのエレベーターが目の前に到着したが、あえて見送り、奏を待った。


12時43分

奏たちがやってきた。

「今からお昼?」

と声を掛けると、

「そう。」

と笑顔で答える。


んー! 奏、かわいい〜!


「橘さん、紹介してよ。」

奏のパート仲間らしき女性が、こちらをチラチラ見ながら言う。

「田崎 優音くん。
同級生というか、幼馴染みです。」

「はじめまして。田崎優音です。」

俺は、出来るだけにこやかに挨拶した。

「俺も今からお昼なんだけど、一緒に
食べない?」

俺はドキドキしながら、本題を切り出す。

奏は無言で固まっている。

唐突過ぎたかな?

「あら、行って来なさいよ。
どうせ、テーブルは4人掛けだから1人
あふれるんだし、私たちの事は気にしなくて
いいわよ。」

「そうよ、そうよ。行ってらっしゃい。」

パートさん達、ナイスアシスト!

「じゃあ、そうさせていただきます。」

やったぁ!


「ゆうくんも別館にいるの?」

奏にゆうくんと呼ばれるだけで、嬉しくて心がそわそわする。

「違うよ。俺は、ここ。」

後ろのドアを指差して教えた。

「へぇ、そうなんだ。
私たち、毎日ここ通るから、また会うかも
しれないね。」

うんうん。
きっと、会うよ。

だって、俺は課長になったから、業務に支障がない限り、好きな時刻に昼休みを取れるんだ。

これからは、極力、奏の昼休みに合わせるよ。



社員食堂に着くと、

「俺、お昼買ってくるから、先に座ってて。」

と声を掛けて、行列に並んだ。

昼食のトレイを持って見回すと、奏がひらひらと手を振って待っていた。

「お待たせ。」

と言って座り、

「いただきます。」

と言って2人で手を合わせて食べ始める。


「奏のお弁当、おいしそう。」

俺は奏の弁当を覗き込んだ。

昔、俺があげた弁当箱!
少し剥げては いたが、大切に使ってくれてたのがよく分かった。

「ふふっ。ありがとう。
でも、晩ご飯の残り物だよ。
ゆうくんのこそ、おいしそう。
唐揚げ定食?」

「惜しい! 日替わりB定食、竜田揚げ。」

「竜田揚げと唐揚げ、どう違うの?」

「さぁ?」

「ふふっ。」

どうしよう?
奏が、めっちゃかわいい。


「そう言えば、奏、この間、家賃がどうとか
言ってたけど、実家に戻ったんじゃないの?」

気になってた事を探ってみる。

「うん。
戻ったんだけどね、弟が結婚するから、
追い出されたの。
まだ先週、引っ越ししたばっかり。」

「弟って、律(りつ)?
あいつ、結婚するの?」

奏には3歳下に弟がいる。
子供の頃は、俺の弟も混ぜてよく遊んだ。

「うん。
子供ができたらしくてね。
夏前に産まれるから、安定期に入る春に式を
挙げるんだって。
あの子自身がまだまだ子供だと
思うんだけどね。」

「じゃあ、奏は、今、どこに住んでるの?」

1番聞きたかった事をドキドキしながら、聞く。

「駅から西に行った線路沿いのマンション。
家賃、安くないから、ほんとは正社員で
働けるとこ探さないといけないんだけど、
東京と違ってSEの需要もないし、なかなか
苦戦してて…。」

それって!

「あぁっ!!
もしかして、先週、2階にグランド
入れてたの、奏んち!?」

「??? 何で知ってるの?」

奏が怪訝そうな顔をする。

「だって、俺んち、その5階だもん。」

「うそ!?」

「うそじゃないよ。
休みの日に洗濯物干そうと思って、外見たら、
グランドピアノを搬入してたから、
気になってたんだ。」

「…ゆうくん、バイオリン続けてるの?」

楽器可のマンションに住んでる事で、奏が俺の顔色を伺うように聞いてくる。

「続けてるって程の事じゃないよ。
気分転換にたまに弾くだけ。
奏こそ、ピアノ持って来るなんてすごいな。
実家に弾きに帰るとかいう選択肢は
無かったの?」

「私は経済的な事を考えるとそうしたかったん
だけど、律んとこに子供が生まれるじゃない?
そしたら、ピアノは邪魔なんだって。
アップライトじゃないし。
ピアノよりベビーベッドらしいよ。
ふふっ」

奏が笑う。

俺たちはそのまま取り留めのない会話をして、和やかに食事を終えた。

「ごめん。
もう行かないと。
ゆうくん、またね。」

パートさんは、俺たちより休憩時間が短い。

俺は、勇気を振り絞って、今日、1番言いたかった事を伝える。

「奏!
金曜、空いてる?
俺、その日は残業ないから、メシ行こうよ。」

奏はなんて答えるだろう?

「ごめん。
金曜は別のバイトなんだ。
また今度、誘って。」

撃沈…

バイト、掛け持ちしてたのかぁ。

残念。


─── 12月8日 土曜日 ───

俺は、直接、奏の部屋を訪問する事にした。

昼休憩だけでは時間が足りないし、何より周りの目が気になる。


12時少し前。

ピンポーン ♪

俺は、奏の部屋のチャイムを鳴らす。

─── ガチャ

ドアが開いて、奏が顔を覗かせた。
すっぴんだ!
昔に戻ったみたいで、余計にかわいく見える。

「こんにちは。」

俺が挨拶すると、

「こんにちは…
どうしたの?」

不思議そうな顔をして奏が答える。

「腹減ったから、昼飯行かないかなぁ…と
思って。」

「えぇ〜!?
でも、私、スッピンだし…」

驚いた顔もめっちゃかわいい!

「別にいいじゃん。
奏はそのままでもかわいいし。」

言えた!

うん。
かわいいものはかわいい。

もう思った事は正直に言おう。

伝えないで後悔する事は、もうしない。

「ムリ!! 絶対、ムリ!!」

焦る奏もかわいい。

「何で? 俺、気にしないよ!?」

「私が気にするの!!」

怒った奏もかわいい。

「じゃあ、奏の化粧が終わるの待ってるから、
それから行こ?」

奏が何をしてもどんな顔をしてもかわいく見える。

俺がおかしいのか!?

いや、奏がかわいすぎるんだな、きっと。

「なぁ? 行こ?」

困っている奏に畳み掛ける。

「分かった。15分待ってて。
ゆうくんの部屋に呼びに行くよ。」

俺はほんのちょっとでも離れたくない。

「ここで待ってちゃダメ?」

「ここで!?」

奏がまた驚く。

「うん。奏が化粧してるとこ、見てる。」

「っ!!
ダメに決まってるでしょ!!
大人しく、部屋で待ってて。
ゆうくん、何号室?」

くくっっ…
奏、めっちゃ焦ってる。
かわいい。

「うちは502だよ。
でも、俺は奏といたい。
化粧してるとこ見ないから、ダメ?」

ふぅぅっっっ……

奏のため息が聞こえた。

「分かった。じゃあ、絶対に見ないでよ。
ピアノでも弾いてて。」

やった!
優しい奏は、押しに弱い。


奏が洗面所で化粧をしてる間、俺はピアノで遊んでた。

といっても、俺はピアノはほとんど弾けない。

昔バイオリンで弾いてた曲を右手だけで弾く。


でも、奏の部屋にいるという事実が俺の落ち着きを無くす。

奏の部屋に入るのは、小学生以来。

心臓が落ち着かない。


─── カチャ


洗面所のドアが開いて、奏が出てきた。

奏、綺麗…。

「うん。奏は化粧すると美人になるね。」

すると、見る間に奏の顔が赤くなる。

かわいい〜!!


「奏、何食べたい?
就職&引っ越し祝いにおごってやるよ。」

「えぇ!? いいよ。
私、1年前まではちゃんと働いてたから、
それなりに蓄えはあるんだよ。」

奢られて当たり前って女もいるのに、そういうとこ、ちゃんとしてるんだな。

「いいの! 俺が奢りたいんだから。
和洋中、何でもいいよ。」

でも、俺には甘えて欲しい。

「じゃあ、お蕎麦。
引っ越し蕎麦、食べてないから、付き合って。」

「そんなので、いいの?」

「うん。」

「じゃあ、おいしいとこあるから、車で行こ。
歩ける距離じゃないから。」

俺は、奏の手を取った。
子供の頃からずっと繋ぎたかった奏の手は、女性にしては大きいのに華奢だった。

「ちょっ、ちょっと待って。鍵!」

焦って手を振りほどく奏もかわいい。

だから、奏が鍵を片付けるとまた手を繋いだ。


「どうぞ。」

と助手席のドアを開けると、

「ありがと。お邪魔します。」

と遠慮がちに助手席に座る。


運転中も隣に座る奏がかわいくて、信号待ちの度についつい見てしまう。

蕎麦屋に着いても、奏から離れ難くて、向かいではなく、隣の席に座った。

ずっと奏への想いを我慢してたからなのか、奏への想いが溢れて、抑えきれない。


蕎麦を注文して、待つ間、気になってた事を聞いてみた。

「奏、金曜の夜のバイトって、何してるの?」

まさか水商売じゃないよな?

「えっ? あぁ。
駅前のホテルの最上階にピアノバーがあるの、
知ってる?」

えっ!?
まさか奏がほんとに水商売!?

「あぁ。
前に1回だけ職場の人と行ったことあるよ。」

「そこで、毎週金曜日にピアノ弾かせて
もらってるの。」

「っっ!!
言ってくれれば、絶対、聴きに行ったのに。」

あぁ、良かった。
ピアノかぁ。

「ぷっ
そんなに悔しがらなくても…
ふふふっ」

「来週も弾く?」

「うん。でも、来なくていいよ。」

「何で? 絶対行く!」

「あそこ、安くないし…
ピアノ聴きたいなら、部屋で弾いてあげる
から。」

奏、言う事が、いちいちかわいい。

「!!
それって、プライベートコンサート?
それもめっちゃ嬉しい!
でも!!
ピアノバーで弾く奏も見たい!
だから、絶対行く!!」

そういえば、子供の頃、奏の発表会 見て、衝撃受けたなぁ。


奏がドレスなんか着て、酔っ払いの前に出たら、何されるか分かったもんじゃない。

ここは、俺が守らないと!!

「じゃあ、来てもいいけど、無駄遣いしない
でね。アルコール1杯で十分だからね。」

奏のそんな気遣いもかわいくて、嬉しい。


蕎麦が来た。

「奏、海老天好きだろ?
2本あるから、1本やる。」

そう言って、俺は、奏の蕎麦の上に海老天を乗せた。

目を丸くする奏もかわいい。


「奏はさぁ、何で音大行かなかったんだ?
コンクールでもいっぱい賞貰ってたし、
才能あるじゃん。」

高校生の頃、俺は、奏は絶対音大に行くものだと思い込んでいた。

「才能なんて、ないよ。
私が賞とれるのは、地方大会までだもん。
毎回、全国に行ったら、かすりも
しなかったし。
日本の大会で優勝する人は、毎年出るんだよ?
日本一になっても、ピアニストだけで食べて
いける人なんて、ほんの一握りでしょ?
世界で優勝できる位の実力がなきゃ、
ピアニストじゃ食べていけないもん。
私、人見知りだから、ピアニスト崩れで
ピアノの先生になるのも嫌だったし、手に職を
付けようと思って大学は情報処理学科に
したの。
幸い手先は器用だから、キーボード打つのも
簡単かなぁって思ってね。」


確かに他の人より、指は動くだろう。

だから今も、パンチャーのパートをしてるんだし。

それに奏は、おっとりしてて文系タイプに思われがちだが、数学が得意な理系タイプだった。

「そうなんだ。情報処理やって良かった?」

「うん。SEの仕事は嫌いじゃなかったよ。
人間関係でいろいろあって、やめちゃった
けど。」

「いろいろって?」

「まぁ、いろいろよ。
あんまり思い出したくないから、聞かないで。」

めっちゃ気になる。

男?
いじめ?
やっぱり男か?

でも、奏に聞くなと言われれば、俺にはそれ以上聞けない。

これが惚れた弱みというやつか。


「ゆうくん、ごちそうさまでした。」

にっこり笑って、奏が言った。

この笑顔が見られるなら、いくらでも奢ってあげたくなる。

「どう致しまして。」



車に乗った後、これで帰ってしまうのがもったいなくて、

「奏、この後、どこか行きたいとこある?」

と聞いた。

「別に…
それより帰って引っ越しの片付けしなきゃ。」

「じゃあ、手伝うよ。」

即座に言った。

「ぜぇったい、ダメ!」

「えぇ? 何で?」

「見られて困る物も入ってるの!」

もう! ほんとに奏はかわいい。



1番聞きたかった事、俺はなかなか聞けないでいた。

しばらく沈黙が続いた後、意を決して聞いてみた。

「… 奏さぁ、今、付き合ってる奴、いる?」



「…………いないよ。
………ゆうくんは、いるの?」

俺は、ふぅぅぅっと息を吐いた。
緊張しすぎて、呼吸を止めてたみたいだ。

「いない。」

東京でできたという彼氏とは終わったんだな。

よかった…