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社会人

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就職してしばらくは、忙しくて余計な事を考える暇もなかった。

父が重役を務める銀行で、親の七光りと言われないために、必死で働いた。



─── 23歳 春 ───

俺が休みの日にリビングでのんびりテレビを見ていると、奏のお母さんが遊びに来た。

母とまったりお茶を飲みながら、世間話をしている。

すると、話題が、奏の事になった。

「葵ちゃん、実はね、奏、東京に彼氏が
いるみたいなの。」

はっ!?
奏に彼氏!?

「えぇ!? 何で?
奏ちゃんはうちにお嫁に来て欲しかった
のに〜」

「詳しく聞いてないんだけど、同じ会社の
人で、同期の人なんだって。
私、漠然と、奏はいつか帰ってきて、こっちで
結婚すると思ってたから、ショックでね〜」

もう全てがどうでもよかった。
俺の中でイライラが募って、溢れ出しそうだった。

我慢できずに、俺は、

バタン!

と大きな音を立てて、リビングのドアを閉めると、財布と鍵だけ持って、外に飛び出した。

怒りに任せて、車を走らせ、気づくと東京まであとちょっとという所まで来ていた。

東京に行ったところで、奏に会えるわけでもなく、奏の彼氏との間をどうこうできるわけでもない。


俺は、そこから引き返して、家に戻った。



1週間後、歯医者に行った俺は、帰り際に歯科衛生士のお姉さんにナンパされた。

その夜、俺は生まれて初めて、女性と大人の関係を持った。

その後も、声を掛けられれば、断る事なく、そういう関係を持った。

ただ、ちゃんと付き合うという面倒な事はしたくなかったので、ほとんどが1度きりの割り切った関係だった。

今まで奏しか見えてなかったけど、俺って結構モテるんだ。

しかし、彼女いない歴23年であった事が嘘のような女漬けの生活を1年近く送ったが、心満たされる事はなく、虚しいだけだった。



24歳のゴールデンウィーク、たまたま誘われた女と買い物に出た先で、奏を見かけた。

化粧をした奏は、すっかり大人の女だった。

声を掛けたかったが、なんだか自分が汚れてる気がして、できなかった。

俺は、何をしてるんだろう?
胸を張って奏に会えない生活をして、何になるんだろう?

俺はその日、その女と関係を持つ事はなく、帰宅した。

その日以来、俺は女遊びをやめた。

今までも、仕事で手を抜いた事はなかったが、更に一層、仕事に没頭した。


─── 27歳 秋 ───

努力が認められて、最年少で課長に抜擢された。

ただ、半年前に父が頭取に就任していたために、親の七光りだと陰口も散々言われた。

俺は、噂を払拭するだけの実績を作ろうと、更に仕事に邁進した。