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大学生
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─── 18歳 春 ───
俺たちは、大学生になった。
俺は、東京の難関国立大に無事合格したため、一人暮らしを始める事になった。
奏は、地元の国立大。
4年間、離れ離れだ。
出発の前の日、奏は、俺の部屋にいた。
また、母の策略だった。
「ゆうくんとは、離れててもいつでも会えると
思ってたけど、明日からはもう会えないん
だね。」
奏が寂しそうに俯いて言った。
肩が少し震えて見えた。
俺は、思わず、奏を抱き寄せた。
「奏が会いたいって言ったら、俺はいつでも
帰ってくる。
新幹線なら、ほんの2時間の距離だから。」
奏の華奢な体は、力を入れたら、折れてしまいそうだった。
奏は、逃げる事も、拒む事もなく、俺にされるがままに抱き寄せられていた。
俺が体を離すと、奏は顔を背けた。
涙を拭っているようだった。
俺は、もう一度、背中から抱きしめた。
「奏、俺の事、忘れないで。
俺は、奏の事、絶対に忘れないから。」
奏はこくんと頷いたきり、何も言わなかった。
しばらくして、奏は、胸の前にある俺の手を解いて、俺の方に向き直った。
「ゆうくん、東京でもがんばって。
応援してるから。」
そう言って、にっこり笑った奏の目は赤かった。
俺はこの時の奏の顔を、一生忘れないだろう。
1〜2年の間は、年に3回、長期休暇のたびに帰省した。
中学の同級生の河合恭子は、東京の大学に進学したそうだが、俺はあえて連絡を取らなかった。
すると、相変わらず、中学のメンバーで集まろうと長期休暇のたびに連絡があった。
俺は、東京で2人で会おうという連絡は、毎回、やんわりと断ったが、奏を含めて、みんなで会おうという時には、必ず参加した。
しかし、3年になると、研究などもあり、長期に帰省する事が難しくなった。
そして、2月14日、奏の誕生日に河合から連絡があった。
無視しようとしたが、『奏の事で話したい事がある』というので、大学近くのカフェで会う事にした。
「田崎くん!」
河合が手を振る。
「コーヒーを。」
席に着いた俺は、店員に言った。
「で、何?」
俺はいきなり本題を切り出した。
「田崎くんの好きな人って、奏だよね?」
俺は答えなかった。
言わない事が、小学校以来の俺のルールだったから。
「奏、好きな人がいるんだって。
田崎くんじゃなくて。」
何で、お前にそんな事、言われなきゃいけないんだ?
「何で河合がそんな事知ってるんだ?」
口から出たのは、思ってる事と微妙に違う質問。
俺の顔は、引きつっていたに違いない。
「お正月に初詣に行ったじゃない?
あの時、安藤くんがこっそり告白してるのを
聞いちゃったの。
そしたら、奏、好きな人がいるって言って、
断ってた。
だから、気になって、奏に聞いたの。
『奏の好きな人って、田崎くん?』って。
そしたら、『大丈夫、違うよ〜』って
笑ってた。」
俺は、ショックで何も言えなかった。
奏が、俺に友情しか感じてないのは、知ってた。
だけど、他の奴に恋してるのは、初めて知ったから。
河合は、紙袋を出した。
「田崎くん、言わなくても分かってると
思うけど、ずっと好きでした。
私と付き合ってください。」
返事ができないでいる俺に更に畳み掛けるように言った。
「とりあえず、お試しでも気晴らしでも
いいから、付き合って。
ダメなら、すぐに別れればいいから。」
気が動転していた俺は、思わず、俯いていた。
気づくと、目の前に満面の笑みをたたえた河合の顔があった。
しまった!
頷いて肯定した事になってる!
「ありがとう。
ほんとにありがとう。」
嬉しそうな河合を見て、うっかり俯いただけだとは、言えなかった。
「また、連絡するね。
忙しいのに会ってくれて、ありがとう。」
そう言って、河合は帰っていった。
どうしよう!?
1週間後、俺は河合を同じ店に呼び出した。断るために。
河合は、ニコニコと嬉しそうに現れた。
「ごめんなさい。待った?」
河合を好きになれれば、楽しい恋愛ができるのだろう。
彼女いない歴21年…
まるで俺がイケてなくて、モテないみたいじゃん。
だけど…
やっぱり、俺は奏じゃなきゃ、ダメなんだ。
「河合、ごめん。
この間は、河合が嬉しそうで言えなかった
けど、俺、河合と付き合うつもりないんだ。
ほんとにごめん。」
俺は、テーブルに額が付きそうなほど、頭を下げた。
「………
もう少し、夢見させて欲しかったな。」
河合の目が悲しそうで、見ていられなかった。
「大丈夫。
ほんとは知ってたんだ。
あれが、付き合うっていう意味じゃないこと。
だから、気にしないで。」
そう言うと、河合は立ち上がった。
「もう会わないし、連絡もしない。
田崎くんの事は忘れる。
バイバイ。」
河合は、手をひらひらと振って店を出て行った。
それから、河合は、ほんとに連絡を寄越さなくなった。
長期休暇のたびに、集合をかけられてた中学のメンバーとも、会わなくなった。
それは、奏とも会わないという事だった。
奏は他に好きな人がいるらしいし、無理して会わなくてもいい…
と、俺は痩せ我慢をしていた。
─── 22歳 3月 ───
父が勤める銀行から、内定をもらった俺は、
実家に帰った。
そこで、奏が東京で就職した事を知った。
想定外だった。
奏は、家を出るタイプじゃないと勝手に思い込んでいた。
こんな事なら、東京でキャリア官僚にでもなればよかった。
後悔しても、しきれない。
大学生
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─── 18歳 春 ───
俺たちは、大学生になった。
俺は、東京の難関国立大に無事合格したため、一人暮らしを始める事になった。
奏は、地元の国立大。
4年間、離れ離れだ。
出発の前の日、奏は、俺の部屋にいた。
また、母の策略だった。
「ゆうくんとは、離れててもいつでも会えると
思ってたけど、明日からはもう会えないん
だね。」
奏が寂しそうに俯いて言った。
肩が少し震えて見えた。
俺は、思わず、奏を抱き寄せた。
「奏が会いたいって言ったら、俺はいつでも
帰ってくる。
新幹線なら、ほんの2時間の距離だから。」
奏の華奢な体は、力を入れたら、折れてしまいそうだった。
奏は、逃げる事も、拒む事もなく、俺にされるがままに抱き寄せられていた。
俺が体を離すと、奏は顔を背けた。
涙を拭っているようだった。
俺は、もう一度、背中から抱きしめた。
「奏、俺の事、忘れないで。
俺は、奏の事、絶対に忘れないから。」
奏はこくんと頷いたきり、何も言わなかった。
しばらくして、奏は、胸の前にある俺の手を解いて、俺の方に向き直った。
「ゆうくん、東京でもがんばって。
応援してるから。」
そう言って、にっこり笑った奏の目は赤かった。
俺はこの時の奏の顔を、一生忘れないだろう。
1〜2年の間は、年に3回、長期休暇のたびに帰省した。
中学の同級生の河合恭子は、東京の大学に進学したそうだが、俺はあえて連絡を取らなかった。
すると、相変わらず、中学のメンバーで集まろうと長期休暇のたびに連絡があった。
俺は、東京で2人で会おうという連絡は、毎回、やんわりと断ったが、奏を含めて、みんなで会おうという時には、必ず参加した。
しかし、3年になると、研究などもあり、長期に帰省する事が難しくなった。
そして、2月14日、奏の誕生日に河合から連絡があった。
無視しようとしたが、『奏の事で話したい事がある』というので、大学近くのカフェで会う事にした。
「田崎くん!」
河合が手を振る。
「コーヒーを。」
席に着いた俺は、店員に言った。
「で、何?」
俺はいきなり本題を切り出した。
「田崎くんの好きな人って、奏だよね?」
俺は答えなかった。
言わない事が、小学校以来の俺のルールだったから。
「奏、好きな人がいるんだって。
田崎くんじゃなくて。」
何で、お前にそんな事、言われなきゃいけないんだ?
「何で河合がそんな事知ってるんだ?」
口から出たのは、思ってる事と微妙に違う質問。
俺の顔は、引きつっていたに違いない。
「お正月に初詣に行ったじゃない?
あの時、安藤くんがこっそり告白してるのを
聞いちゃったの。
そしたら、奏、好きな人がいるって言って、
断ってた。
だから、気になって、奏に聞いたの。
『奏の好きな人って、田崎くん?』って。
そしたら、『大丈夫、違うよ〜』って
笑ってた。」
俺は、ショックで何も言えなかった。
奏が、俺に友情しか感じてないのは、知ってた。
だけど、他の奴に恋してるのは、初めて知ったから。
河合は、紙袋を出した。
「田崎くん、言わなくても分かってると
思うけど、ずっと好きでした。
私と付き合ってください。」
返事ができないでいる俺に更に畳み掛けるように言った。
「とりあえず、お試しでも気晴らしでも
いいから、付き合って。
ダメなら、すぐに別れればいいから。」
気が動転していた俺は、思わず、俯いていた。
気づくと、目の前に満面の笑みをたたえた河合の顔があった。
しまった!
頷いて肯定した事になってる!
「ありがとう。
ほんとにありがとう。」
嬉しそうな河合を見て、うっかり俯いただけだとは、言えなかった。
「また、連絡するね。
忙しいのに会ってくれて、ありがとう。」
そう言って、河合は帰っていった。
どうしよう!?
1週間後、俺は河合を同じ店に呼び出した。断るために。
河合は、ニコニコと嬉しそうに現れた。
「ごめんなさい。待った?」
河合を好きになれれば、楽しい恋愛ができるのだろう。
彼女いない歴21年…
まるで俺がイケてなくて、モテないみたいじゃん。
だけど…
やっぱり、俺は奏じゃなきゃ、ダメなんだ。
「河合、ごめん。
この間は、河合が嬉しそうで言えなかった
けど、俺、河合と付き合うつもりないんだ。
ほんとにごめん。」
俺は、テーブルに額が付きそうなほど、頭を下げた。
「………
もう少し、夢見させて欲しかったな。」
河合の目が悲しそうで、見ていられなかった。
「大丈夫。
ほんとは知ってたんだ。
あれが、付き合うっていう意味じゃないこと。
だから、気にしないで。」
そう言うと、河合は立ち上がった。
「もう会わないし、連絡もしない。
田崎くんの事は忘れる。
バイバイ。」
河合は、手をひらひらと振って店を出て行った。
それから、河合は、ほんとに連絡を寄越さなくなった。
長期休暇のたびに、集合をかけられてた中学のメンバーとも、会わなくなった。
それは、奏とも会わないという事だった。
奏は他に好きな人がいるらしいし、無理して会わなくてもいい…
と、俺は痩せ我慢をしていた。
─── 22歳 3月 ───
父が勤める銀行から、内定をもらった俺は、
実家に帰った。
そこで、奏が東京で就職した事を知った。
想定外だった。
奏は、家を出るタイプじゃないと勝手に思い込んでいた。
こんな事なら、東京でキャリア官僚にでもなればよかった。
後悔しても、しきれない。