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中学生

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─── 12歳 春 ───

俺たちは、地元の公立中学に入学した。

俺は、足が速かったから、運動系の部活動から、たくさんの勧誘を受けた。

特に陸上部は、熱心だった。

5、6年生の運動会での選手リレーで、ゴボウ抜きした事が理由のようだ。

だけど、俺はそれらの勧誘を全て断り、吹奏楽部に入部した。

理由は簡単、奏が入るからだ。

俺は、バイオリンを続けてたから、楽譜も読めるし、音感もそれなりに良かった。

奏はフルートを選び、俺はトロンボーンを選んだ。

管を伸び縮みさせて吹くこの楽器は、とてもかっこよく見えた。

俺は、真面目に部活に通い、練習した。

奏を目の端に止めながら、同じ空間にいる事が、嬉しかった。



6月に入り、同じクラスの河合恭子(かわい きょうこ)から告白された。

小学生の頃から、時々、告白されてきた俺は、この時もあっさりと断った。

今までと違ったのは、河合は断られても全然諦めない事だった。

しかも、奏の友達で、奏を連れて、俺をデートに誘いに来たりする。

その鬼のような所業は、やめて欲しい。

だけど、仕様がない。

俺は、小学生の頃の経験から、断る理由に『奏が好きだから』という事は決して言わないようにしてたんだから。


俺が何度も何度も断り続けて、しばらく経った頃、部活帰りに奏に呼び止められた。

「ゆうくん、ちょっといい?」

その頃の俺は、思春期に入ったせいか、奏と話すだけで、心臓がバクバクと音を立てて暴れた。

俺は必死に平静を装って奏に微笑んだ。

「うん。」


「ゆうくん、これ。」

奏の手には、花柄のピンクのかわいらしい封筒が握られていた。

これは、もしかして、ラブレター!?

喜びに逸(はや)る気持ちを抑えて、ニヤける顔も一生懸命抑えて、結果、能面のような表情で、

「何?」

と答えた。

すると、奏は、

「恭子に頼まれたから…」



天国から、一気に地獄へ突き落とされたような気分だ。

何で、奏が、そんな物持って来るんだよ!

俺の片思いが確定した瞬間だった。

「いらない。返しといて。」

泣きたい気分なのを押し隠し、それだけ言って先に帰った。




俺みたいな一般庶民は、お姫様には、どうやっても手が届かないのかなぁ…



河合は、その後もあの手この手で俺を誘って来たが、俺は全て断り続けた。

ところが夏休みのある日、河合から一斉メールが来た。

『来週、みんなで花火に行こうよ。
行ける人、返信して。』

メールの宛先には、奏も入っていた。

しばらくして、数人から、

『行く〜』

『楽しみ〜』

などの返信が来た。

奏は?

ドキドキしながら、携帯を握りしめてると、着信音が短くなった。

『行きたいなぁ。みんなは浴衣着るの?』

と奏からのメール。

見たい!!!

浴衣姿の奏。

『着るよ〜』

という河合の返信の後、俺は、

『行く』

と短いメールを送った。



当日、待ち合わせの駅前に奏の姿があった。

濃紺のレトロな浴衣で、絞りで花火が描かれている。

腰まである髪をアップにした姿は、清楚なのに頸(うなじ)のおくれ毛にそこはかとない色気が漂う。

俺は、奏を他の男の目から隠したくて、そのまま連れ去ってしまいたい衝動を必死に抑えた。

俺たちは、シャトルバスで花火会場に行き、レジャーシートを広げて花火を見た。

俺は何とかして、奏の隣に座りたかったが、奏は女子の真ん中にいたから、俺の希望は叶わなかった。

それでも、奏と花火に行けた事で、俺の心はウキウキワクワクして、とても幸せだった。



それからも、河合はちょくちょくみんなを遊びに誘った。

俺は、奏が行く時だけ参加した。

俺は河合の事は、ラブレターの一件以来、嫌いになりかけてたが、奏とのお出かけを計画してくれた事には、心の底から感謝している。



2月14日バレンタインデーは、奏の誕生日だ。

俺は、小学生の頃から、奏のチョコと引き換えにプレゼントを渡して来た。

音楽好きの奏に、音楽関連の物をプレゼントする為に、恥ずかしいのを我慢して女子でいっぱいの雑貨屋に入り、シールやメモ、鉛筆などの文具や雑貨を毎年お小遣いで買っていた。

今年は、音符柄のシュシュ。

中央には、ゴールドのト音記号と16分音符のチャームが揺れる。

髪の長い奏にピッタリだと思う。

だけど、学校に持っていったものの、結局渡せなかった。

家まで自転車で行こうか?

迷っていると、玄関のチャイムが鳴った。

「優音〜。お友達よ〜。」

奏!?
じゃないな、きっと。

奏なら、母さんは名前で呼ぶはず。

玄関に行ってみると、河合が立っていた。

「田崎くん、これ、もらって。」

そう言って、紙袋を差し出した。

俺は、

「ごめん。
その気もないのに受け取れない。」

と断った。

河合は少し目をウルウルさせていたようだったが、

「分かった。またね。」

とチョコを持って帰っていった。


ふぅぅぅっっ

ひとつため息をつくと、俺は決めた。
奏に会いに行こう!

「母さん、ちょっと出てくる。」

そう言って、自転車で奏の家に向かった。


ピンポーン ♪

玄関のチャイムを押すと、おばさんがにこにこしながら出てきた。

「あら、ゆうくん、いらっしゃい。
奏〜、ゆうくんよ〜。」

奏は、エプロン姿で出てきた。

花柄のエプロン…
めっちゃ、かわいい。

俺の心臓が、またバクバクと大きな音を立て始めた。

俺は、一生懸命、普通を装って、プレゼントの入った紙袋を差し出した。

「奏、誕生日おめでとう!」

「ありがとう。」

奏が、はにかんだように笑った。

もう、かわいくて仕方がない。

「じゃ。」

と俺が帰ろうとすると、

「ちょっと待って。」

と奏が呼び止めた。

「ゆうくん、ちょっと待ってて。」

そう言って、奥へ入って行くと、今度は奏が紙袋を持ってきた。

「これ。バレンタインだから。」

「ありがとう。」

義理だろうと何だろうと、奏からのチョコだ。

俺が今日、1番欲しかったチョコを平静を装って受け取ると、天にも登る気持ちで家路に着いた。



中学1年の3月、俺は、長年続けたバイオリンをやめた。

元々、不純な動機で続けてきたバイオリンだったが、奏とは部活で毎日会える事もあり、両親から塾を週5日に増やされたのを機にやめる事にしたのだ。


─── 中学2年 秋 ───

3年生が部活動を引退し、俺たちが最高学年となった。

奏は、フルートのパートリーダー、俺は部長に選ばれた。

冬のアンサンブルコンテストに向けて、各パートリーダーと部長、副部長で、部活後に話し合う事もよくあった。

帰りが遅くなると、俺は奏を家まで送っていった。

奏は大丈夫だと言ったが、俺が一緒に帰りたかったんだ。

中学に入ってから、騒ぎすぎる俺の心臓のせいで、まともに話もできないでいたが、黙って並んで歩くだけでも、俺は幸せだった。

それでも、ぽつり、ぽつりといろいろな話をした。

メインは部活の事だったが、クラスの事、見たテレビの事、それから、進路の事。

俺んちは、代々、高学歴だ。

祖父は、銀行の元頭取で、父も銀行で部長をしている。いずれは頭取の座を狙っているに違いない。

だから、俺にも1番いい高校に行かせたがっている。


だけど、奏は地元の公立高校を志望している。

この辺りでは頭がいいと言われる高校だが、県下最高の偏差値ではない。

俺は、奏と同じ高校に行きたい。

だけど、両親も塾も、それを許さないだろうなぁ。



2月14日。

奏の誕生日。

今年は、ファンシーショップで買ったト音記号のイヤリング。

ゴールドのト音記号のチャームが耳元で揺れる様は、きっと奏に似合うはず。

去年のシュシュとも、合うに違いない。

奏は、みんなで出かける時、いつもあのシュシュしてくれていた。

それだけでとても幸せだと感じた。


ピンポーン ♪

奏の家のチャイムを鳴らす。

「はーい。」

この声は…。

ガチャっとドアが開いて、奏が出てきた。

落ち着いた茶色のニットワンピ。
奏にとてもよく似合っていた。

「ゆうくん。」

奏がにこっと笑う。

俺もつられて、にこっと笑った。

「奏、お誕生日、おめでとう。」

俺は小さな紙袋を渡した。

「ありがとう。」

奏はそう言って、紙袋を受け取ると、違う紙袋を差し出した。

「はい。毎年、一緒のでごめんね。」

「ううん。
俺、これ大好きだから、毎年、これが欲しい。
奏、ありがとう。」

奏が毎年くれるのは、ガトーショコラ。しっとり濃厚でとてもおいしい。


来年は受験、真っ只中。
チョコは無理かもなぁ…

帰宅した俺は、来年に想いを馳せつつ、ガトーショコラをおいしくいただいた。


─── 中学3年 8月8日 火曜日 ───

この日、俺は15歳になった。

朝、部活に行き、仲間とハンバーガーを食べ、14時に帰宅すると、なぜかうちのキッチンに奏がいた。

「え!? 奏!? 何で!?」

戸惑う俺を見て、奏と母さんがくすくす笑う。

「私が誘ったの。
奏ちゃん、いつも優音の誕生日に
手作りクッキーくれるじゃない?
もし、お料理が好きなら、今年は一緒に
優音の誕生日ケーキ、作らない?って。」

母さん、ナイスアシスト!

お陰で、奏と誕生日過ごせるよ。

「奏、いいの?
母さん、人使い、荒いよ?」

「優音!
余計な事言うと、奏ちゃんのケーキ、
食べさせないわよ!」

「あ、ごめんなさい。」

奏は、俺たちの親子喧嘩を見て、コロコロと笑う。

かわいい!

「葵ちゃん、優しいし、教え方も
分かり易いよ。」

葵ちゃんとは、母さんの事。
おばさんと呼ばれたくない母さんが、幼い奏に名前で呼ぶように強要したまま、現在に至る。


「うち来るんなら、部活ん時に言って
くれれば、まっすぐ一緒に帰ってきたのに。」

「無理に決まってるでしょ?
ゆうくん、もうちょっと、自分の立場を
自覚してよね!」

「ん? 何々? 奏ちゃん、立場って何?」

「葵ちゃん、知らないんですか?
ゆうくん、女子にモテモテなんですよ。
ゆうくんと仲良くすると、私が
いじめられるんだから。」


おいおい、それはお前も同じなんだけど。

奏は、俺以上に無自覚だから、困る。

まぁ、奏に関しては、抜け駆けしないように男子の間で協定を組んでるから、知らなくても仕方ないけどね。

「えぇ〜!? こんなわがまま優音が?
奏ちゃん、そんな子たち蹴散らして、必ず
優音のとこへお嫁に来てね。」

うんうん。母さんもたまにはいい事言う。

「えぇ!?
葵ちゃん、私、まだ死にたくないんですけど。」

と奏は笑う。

はぁぁぁぁ………
奏は、嫁に来る気はないのかぁ…

「で? ケーキは、いつできるの?」

「今から、焼いて冷まして、それから
デコレーションするから、2時間後かな?
デコレーションする時に呼ぶから、奏ちゃん、
優音の部屋で遊んで来ていいわよ。」

おお!!
母さん、今日はいいパス出すね〜。

「じゃあ、ゆうくんにお勉強教えて
もらおうかな?」

「いいよ。来いよ、奏。」


奏と俺の部屋で2人きり。
あんな事やこんな事…
いけない妄想が頭をよぎる。

だけど、所詮、小心者の俺。
肩を寄せ合って、真面目に勉強を教えてやった。

でも、ほんのちょっとの身動きで、肩や腕が触れ合って、それだけで心臓がバクバク音を立てて暴れ回る。

その度に平気な顔を取り繕った。



その夜、奏は俺ん家で晩飯を食べた。

一緒にケーキを食べて、昔のように仲良く過ごした。

奏からは、今年も手作りクッキーをもらった。

奏は、俺の事、友達としか思ってないだろう。

だけど、奏が誕生日ケーキを焼いてプレゼントをあげるのは、きっと俺だけだ。

今は、この奏の中の特別枠にいられるだけで、満足しよう。

いつか奏が振り向いてくれる日が来るまで、俺はいつまでも待ち続けるよ。




母さん、ありがとう。

ここ数年で、1番嬉しい誕生日プレゼントだったよ。



─── 2月14日 ───

奏の誕生日。


今年は、弁当箱にした。

黒いピアノモチーフの弁当箱。
蓋には鍵盤が並んでいる。


春から、俺たちは違う高校に通う。

俺は奏に合わせて、ランクを落とそうかとも思ったが、やはり周りが許さなかった。

奏をお気に入りの母さんは、味方だと思ってたのに、違ったんだ。

「奏ちゃんにお嫁に来てもらうんだから、
優音は自分が行ける1番の学校に行って、
一生を掛けて奏ちゃんを守れる男になるべき
でしょ。
学歴も収入もない男じゃ、奏ちゃんを他の人に
取られちゃうわよ。」

俺は母さんに、奏が好きだとか、結婚したいとか言った事は1度もないんだが、母さんの中では奏は俺の所に嫁に来る事が決定しているらしい。

まぁ、それは俺としてもやぶさかではないからいいんだけど。


だから、プレゼントは、弁当箱なんだ。

高校からは、毎日、弁当を持って行く事になる。

毎日、お昼にこの弁当箱を見て、俺を思い出してくれたら、嬉しい。


高校では、今までみたいな協定はない。

誰でも奏に告白できるんだから、心配で仕方がない。


はぁ………

こんな事を考えても仕様がないから、もうチャイムを押そう。


ピンポーン ♪

「はーい」

─── ガチャ

奏だ。

「ゆうくん、いらっしゃい。 」

「うん…
奏、お誕生日おめでとう。」

「ありがとう。」

奏は嬉しそうに俺の差し出す袋を受け取ってくれた。

「じゃ。」

と俺が帰ろうとすると、

「ちょっと待って。」

と呼び止められた。

「ゆうくん、はい。」

奏の手には、チョコと思(おぼ)しき紙袋が。

「今年は受験だから、ないと思ってた。」

と俺が言うと、

「気分転換。」

と奏が笑った。



やっぱり、奏は世界で1番かわいい。