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お正月

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私たちはコートを羽織ると、手を繋いで部屋を出た。

外に出ると、深夜の外気は肌がピリピリする程寒かったが、2人でいるとそれも苦にならなかった。

ゆうくんは指を絡めて繋いだ2人の手を、自分のコートのポケットに入れた。

すると、なんだか手よりも心がポカポカしてきた。


私たちは徒歩10分程の所にあるお寺に来た。

鐘を撞く橦木(しゅもく)は予想外に重くて、私がよたよたしていると、横からゆうくんが手を添えて一緒に撞いてくれた。


私たちは、鐘を撞いてもまだまだ煩悩の塊だけどね。


その後、5分程歩いて、大きな神社に来た。

「奏、あけましておめでとう。」

ちょうど12時だった。

「ゆうくん、あけましておめでとう。
今年もよろしくね。」

「こちらこそ、今年もよろしく。」

「ふふふっ」

なんだか嬉しくなって、自然に笑みが溢れてくる。

混み合っている人混みではぐれないよう、ゆうくんの手をしっかり握って、無事初詣を終えた。


帰宅すると1時半を回っていた。

ゆうくんは、私を部屋の前まで送ってくると、

「奏、好きだよ。
おやすみ。」

と口づけた。

私は、真っ赤になってうつむきながら、

「おやすみなさい。」

と答えて、部屋に入った。


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午前11時。

─── ピンポーン ♪

ゆうくんが実家へ帰るついでに、私も実家へ送ってくれる事になっていた。

元日に帰り、3日にマンションへ戻る予定だ。

「ゆうくん、ありがと。」

迎えに来てくれたゆうくんにお礼を言って、部屋の鍵をかけようとすると、そのまま左手で肩を引かれ、顔の向きを変えられた。

「奏…」

ゆうくんが私の名前を囁くと、唇が塞がれた。

「んっ…」

ゆうくんの腕を押して逃れようとするが、全く動かない。

次第に力も入らなくなり、私はそのまま彼の腕にしがみつくようにキスを受け入れた。

しばらくしてゆうくんは、私の唇を解放すると、私の目を覗き込んで、にっこりと微笑んだ。

「ごめん。
奏がかわいすぎて、我慢できなかった。」

「もう! ゆうくん、ここ廊下だよ。」

私が呆れたように言うと、ゆうくんは、フッといたずらっ子のような笑みを浮かべて言った。

「廊下じゃなきゃいいんだ?」

「っ!!
もう、知らない!」

私が拗ねると、ゆうくんは私の手を取った。

「ごめん。
どうしよう?
拗ねる奏がかわいくて、もう1回したく
なった。」

「んもぅ!!」

怒ってたはずの私は、思わず笑ってしまった。


そのまま私は、ゆうくんと手を繋いで駐車場へ行き、実家へと送ってもらった。



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1月2日(水)

ゆうくんからメッセージが届いた。

『明日、おじさんとおばさん、家にいる?
迎えに行った時、きちんと挨拶したいん
だけど…。』

『いいよ、わざわざ。
うちの両親もゆうくんの事はよく知ってるし。』


挨拶も何も、うちとゆうくんちは子供の頃から家族ぐるみの付き合い。
そんな状況で、『付き合ってます宣言』みたいなのは、私としてはとても気恥ずかしい。

『俺はコソコソ付き合うのは、嫌なの。
明日、挨拶するから、何時が都合がいいか
聞いといて。』


私は仕方なく、両親の所へ都合を聞きに行った。


「お父さん、明日、家にいる?」

「ああ、特に出かける予定はないが、何だ?」

テレビのお正月特番から、目を離す事なく答えた。

「明日、ゆうくんがマンションまで送って
くれるんだけど、迎えに来た時、お父さんと
お母さんに挨拶したいって。」

「……… 」

お父さんがゆっくり振り返った。
すると、そこに弟の律(りつ)が口を挟んだ。

「明日、ゆうにぃ来るの?
オレ、会いたい!
ねぇちゃん、10時半にして。
明日、涼(すず)と出かけるから、その前が
いい!」

涼ちゃんは、律の彼女…というか、婚約者。

「何で、あんたの都合に合わせるのよ?
まさかとは思うけど、涼ちゃんまで呼ぶ気
じゃないでしょうね?」

「呼ばねぇよ。
ゆうにぃ見て、万が一、取られたらやだもん。」

「はぁ………
あんたねぇ、子供までいるのに、涼ちゃん、
信じられないの?」

「………だって、ゆうにぃのかっこよさ、
半端ないじゃん。」

律だって、そこそこイケメンだとおもうんだけど、身内の欲目かな?

「はいはい。
じゃあ、明日、10時半にお待ちしてますって、
ゆうくんに伝えておいて。」

と母が話をまとめた。

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1月3日(木) 10時半。

─── ピンポーン ♪

私が階段を駆け下りると、玄関から母の声が聞こえた。

「あら、ゆうくん、いらっしゃい。」

「明けましておめでとうございます。
本日は家族水入らずでお過ごしの所へ
お邪魔して、申し訳ありません。」

私が玄関に着くと、ゆうくんが母に挨拶をしている所だった。

「どうぞ、上がって。」

母がスリッパを差し出すと、

「お邪魔します。」

と言って、ゆうくんは私を見て微笑んだ。


リビングに通されたゆうくんは、父の体面(といめん)にあるソファの前に立った。

「皆さまのお口に合うかどうか分かりませんが、
奏さんの好きな水無月堂の苺大福です。
よろしければ、お召し上がりください。」

そう言って、紙袋の中の菓子折りをローテーブルの上に置いたゆうくんは、それはそれは凛々しくて、私が初めて見る姿だった。

無言の父を横目に、空気を読んだ母が、割って入る。

「まあまあ、わざわざありがとう。
せっかくだから、みんなで今いただき
ましょうね。」

そう言って、菓子折りを持って、キッチンへ行った。

立ったままのゆうくんに父がようやく、

「まあ、掛けなさい。」

と声を掛けて、

「はい。失礼します。」

とゆうくんはソファに腰掛けた。


何とも言えない緊張した空気が張り詰める中、律が2階から下りて来た。

「ゆうにぃ、久しぶり〜。」

1人、にこにこしてる律に目を向けたゆうくんは、にっこりと笑って、

「律、久しぶり。結婚するんだって?
おめでとう。」

と言った。

「うん、ありがとう。ゆうにぃは?
もしかして、ねぇちゃんと付き合ってんの?」

ピキーンと空気が凍る音がした…気がする。

お茶と苺大福を持ってきた母が、

「律! 何ですか! 藪から棒に!
とりあえず、お茶でも飲んで、ゆっくりして
いってね。」

と空気を溶かしてくれた。




「はい。ありがとうございます。
でも、今日は、律くんがおっしゃった件で、
ご挨拶に伺ったので、話(はな)させて
いただいてもいいですか?」

無言の父を肯定と判断して、更に言葉を続ける。

「今日は、奏さんとお付き合いをさせて
いただきたく、ご挨拶に伺いました。
もちろん、将来を見据えて、真剣なお付き
合いをさせていただくつもりですし、奏さんを
必ず幸せにしたいと考えています。」

ゆうくんは、真剣な表情で父を見ていた。

父は、ようやく、口を開いた。

「奏は、私の宝物だ。
壊れ物なので、大切にしてやってください。」

お父さん……

「はい。必ず大切にします。」

そう答えたゆうくんは、私を見て優しく微笑んだ。


「あーぁ、ゆうにぃ、かっけぇなぁ。
オレ、涼んちで、そんな堂々と挨拶でき
なかったよ。
まぁ、デキ婚で向こうの親が激怒してたのも
あるけど…。」

なぜか、律がブツクサ言う。

「ねぇちゃん、大丈夫?
ゆうにぃ、めっちゃモテるんだよ。
捨てられて泣くなよ?」

「律!!
そんな事、あんたに言われなくても知ってる
わよ!」

私がムキになって怒ると、ゆうくんが割って入った。

「律、大丈夫だよ。
俺には、奏しかいないんだから。
それより、律はしらないだろ?
奏は俺なんかより、ずっとモテるんだぞ。
捨てられたらどうしようって、毎日ドキドキ
してるのは、俺の方だ。」

っ!!

ゆうくん、忘れてない?
今、私の両親も聞いてるんだけど!?

「ねぇちゃん、顔、真っ赤だぞ。」

律に言われて、私は慌てて両手を頬に当てて隠した。

「ふふふ。
奏、良かったわね。
こんなに愛されて。」

母に言われて、私はますます顔を赤くした。



母は、ゆうくんを昼食に誘ったが、丁重にお断りをして、私たちはマンションに戻った。


私たちは、スーパーで買い物をして、ゆうくんの部屋で昼食にサンドイッチを作る。

私がフライパンにバターを溶かしてパンを焼き、ゆうくんが焼きあがったパンに具材を挟んでいく。

「おいしい!」

「ふふっ。」

パクパクおいしそうに食べるゆうくんが子供みたいでかわいい。

「何?」

ゆうくんが怪訝そうな顔で見るが、

「何でもない。」

とごまかす。

何気ない全ての事が幸せだなぁと感じる。



食後にゆうくんがお茶を入れてくれた。

ゆうくんがコーヒーで私がミルクティー。

ソファに並んで座って、まったりとくつろぎながら飲む。

すると、コーヒーを飲み終わったゆうくんが、私の手からティーカップを取り上げて、ローテーブルに置いた。

「ん? 何?」

と言い終わらないうちにみるみるゆうくんが近づいてきて、唇に温もりが落とされた。

優しいその温もりは、コーヒーの香りがした。

「奏、いい?
もう限界。奏が欲しい。」

ゆうくんが耳元で囁く。

「えっ!?
でも、まだ昼間…。」

「ダメ。
夜まで待てない。」

ゆうくんは、私の返事を待たず、私の膝裏に腕を入れて抱き上げた。

私はお姫様だっこで寝室へと運ばれ、ベッドにそっと横たえられた。

ゆうくんに上から覗き込まれ、恥ずかしくて思わず顔を背けると、ゆうくんの手で元に戻され、再びキスが落とされた。

「大切に抱くから。」

そう囁くと、ゆうくんは私の体中に優しいキスの雨を降らせた。

そして、日が暮れるまで、彼の深くて熱い想いを全身で受け止めた。


サァァァァ…

何の音?

水音?

雨?

目を覚ますと、辺りは暗闇だった。

えっと、携帯、携帯……

灯りを求めて枕元の携帯を探したが、手に触れたのは普段とは違うヘッドボード。

えっ?

あぁ!
私、ゆうくんと………

じゃあ、さっきの水音は雨じゃなくてシャワー?


─── ガチャ

ドアが開いて、隣室の灯りと共に上半身裸のまま髪を拭くゆうくんが入ってきた。

「奏、起きた?」

「ゆうくん………
今、何時?」

「9時過ぎだよ。
シャワー浴びる?」

「うん。」

私は起きようとして、自分が一糸纏わぬ姿である事に気付き、慌てて布団の中に潜り直した。

「ははっ。今更隠さなくても……… 」

私が無言でゆうくんを睨むと、ゆうくんはにっこり笑いながら近づいて、そっと口づけた。

「気になるなら、俺は向こうにいるから、
着替えて出ておいで。」

そう言って、部屋の灯りをつけると、隣の部屋へ出て行った。

ふぅぅぅっ………

私は深呼吸をしてから、気をとりなおして、ベッドサイドに散らばる服をかき集めて身に着けた。

リビングに行くと、ゆうくんはキッチンに立っていた。

「簡単に夕飯作っとくから、シャワー浴びて
おいで。」

「うん。」

脱衣所に行くと、綺麗に畳まれたバスタオルが用意してあった。

こんな些細な事に嬉しくなり、私はご機嫌でシャワーを浴びて、ゆうくんの元へ戻った。

「あ、ドライヤー出してなかったね。」

バスタオルで髪を拭く私を見て、ゆうくんがドライヤーを持ってきてくれた。

ゆうくんは、ダイニングの椅子を部屋の真ん中に置くと、

「座って。」

と背もたれをトントンと叩いた。

私がそこに座ると、ゆうくんはドライヤーで髪を乾かしてくれる。

髪を触ってもらうのは、とても気持ちいい。

うっとりしながら、腰まである長い髪を乾かしてもらい、また幸せな気分に浸った。


「ご飯食べよ。」

ドライヤーを片付けながら、ゆうくんが言った。

「うん。」


ゆうくんが焼いてくれたポークソテーを食べながら、私は、幸せ過ぎて、また不安がよぎった。

こんな幸せが、永遠に続けばいいのに…


と思っていたら、食後、私はまたゆうくんにベッドルームへと誘拐されてしまった。


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1月4日(金)

6時。
外ははまだ暗いが、ほんのりついた灯りが、ゆうくんちである事を教えてくれた。

今日から仕事始め。

帰って、着替えなきゃ。

ゆうくんに背を向けて、ベッドから、そっと抜け出そうとすると、後ろからゆうくんに、ぎゅっと抱きしめられた。

「ゆうくん?」

「奏、おはよう。」

「おはよ。」

ゆうくんは、それ以上動く気配がない。

「ゆうくん?
今日から、仕事でしょ?」

「ヤダ。」

「ぷっ」

ヤダって……

子供みたいな反応に思わず、笑ってしまった。

「ゆうくん、離して。
これじゃ、ゆうくんの顔も見れない。」

そう言うと、ずっとゆうくんの腕が緩んだ。

私は、ゆうくんの方に向き直ると、ゆうくんが私を見て言った。

「ずっと、こうしてたい。」

「うん。」

私はゆうくんの胸に顔を埋めて、ゆうくんをぎゅっと抱きしめた。

「でも、仕事はいかなきゃ。
1日がんばったら、明日、休みでしょ?」

「あーぁ。
仕方ないなぁ。」

そう言うと、ようやくゆうくんは、私を解放してくれた。

「奏。
先、シャワー浴びて来て。」

「ゆうくん、先でいいよ。
ゆうくんの方が出勤時刻が早いんだから。」

「じゃあ、一緒に。」

「ダメ!」

「くくくっ」

2人で笑う。

とっても幸せ。



そんな事をしていたから、私たちは遅刻ギリギリで慌てて出勤した。