もしも最後の瞬間に、君の事を想ったら
君はもう一度、微笑んでくれるだろうかーー



どこかの世界のどこかの国。ある森の中に二人の旅人の姿があった。

一人は少年で腰に剣を下げていた。もう一人は美しい少女だった。

「私の話、ちゃんと聞いていますか?」少女は眉と声をひそめて言った。

短く整えられた髪は頭に巻いた布にしっかりと収まっていたが、その華奢な体つきと、ちいさな胸の膨らみが、彼女が女性であることを物語っていた。

「ああ、はいはい。聞いてますよ・・・」青年は、短い黒髪を手でかきながら答えた。

「あなたは気にならないのですか?」

「ええ、慣れていますから」

「慣れないでください。こんな事・・・。あなたはよくても私は困ります」

「だったら、あなたがどうにかすればいいでしょう。俺には関係ない事です」

「・・・関係ない?」少女は信じられない、という顔で青年を睨みつけた。

少女は小走りで青年の前に立ちはだかると、両手を広げて進路を塞いだ。

「・・・どいてください」青年が言った。

「嫌です」少女はもう一度指先を大きく広げた。

ふうっ、とため息をつくと青年は体を右に傾け、少女の脇を通ろうとした。

少女は咄嗟に横に移動し、青年の行方を塞いだ。

青年は目を閉じ、うんざりとした様子で首をふった。

「きりがないでしょう。こんな事」

「なぜですか?そのおかげで助かる人もいるんですよ?」

「でもそれは俺の役目じゃない」

「役目?見て見ぬ振りをすることが、あなたの役目なのですか?」

「そうは言ってません。でもいちいちこんな事まで面倒を見ていたら、きりがないじゃないですか。俺は俺の任務を果たさなければならないんです。こんな所で道草を食っている場合じゃないんだ」

「だからと言って、このまま見過ごす訳にはいきません」

2人は目を見合わせると、そのまま睨み合った。

木々の隙間からは木漏れ日が差し、その枝から鳥が短く鳴いて飛び去ると、つかの間、森の中は静寂に包まれた。

その時だった。突然、「きいん」という金属の破裂音が森の中に鳴り響いた。

少女は驚いて音の鳴る方角に目を向けた。

「よお、ずいぶんと楽しそうだねえ」声の主は顔中を髭に覆われた男だった。

口元には下品な笑みをまとわりつかせ、手に持った剣で足元の岩を撫で回している。

「ぼうず、その剣ここに置いてきな。てめえの命が大事だったらなあ」猛禽類のような鋭い目つきでそう言うと、岩を剣先でつん、とつついた。

「断ります。大切な剣なんで」少年はそう言うと、少しだけ体をひねり腰の剣に手をあてた。

「やめて、お願い」少女がか細い声を絞り出した。

「いいねえ、お嬢さん。おれは女が嫌がる声がたまらなく好きなんだ。特にお嬢さんみたいに若くて綺麗な女の今にも泣きだしそうな声が大好きでねえ。さあ、どうする?ぼうず。お嬢ちゃんは、ぼうずが怪我をするのを見たくないみたいみたいだけどねえ」

そう言いながら男が剣で岩をこつり、と叩くと木の合間から5、6人の男たちの姿が現れた。髭の男の口元がにやりと歪んだ。

「だめ・・・。やめて・・・」

「さあ、どうする?ぼうず。大人しくその剣とお嬢さんを置いていってくれたらぼうずの命は見逃してやるぜい」男は剣で岩を強く叩きつけ、きん、きん、と大きな音をたてる。

「さあ、さあ・・・」男の声が次第に大きくなっていき、剣が岩を叩く金属音が森中に鳴り響く。

「さあ、さあ!どうするんだ!ぼうず!」血走った目を見開き、大きく開いた口から舌をべらべらとはべらせながら男は狂ったように叫び続ける。

「もうだめ!逃げて!」少女が叫び声を上げると同時に、剣を握った髭男は腕を高く振り上げ、そのまま地面に振り落とした。
どさっ、という音を立て、髭男の剣が地面に突き刺さる。

一瞬の静寂の後、髭男が声を押し殺すように静かに笑い始めた。
その声は次第に大きくなり、最後には弾けるような大声で笑いながら言った。

「冗談だ、ぼうず。おめえみたいな餓鬼を俺様が本気で斬る訳ねえだろう」
げげっ、と蛙のような声を出すと、今度は急に真面目な顔で少年を睨みつけた。

「さあ、もう遊びはしまいだ。とっとと消え去れ」
そう言うと周りの男たちを見回した。

「おい、こいつ連れてけ。びびっちまって自分じゃ歩けねえみたいだ」
声をかけられた子分らしき男は、びくっと体を震わせて髭男に向かって言った。

「あの・・・、おかしら・・・。腕は大丈夫なんで?」

「腕?腕がどうしたってんだ?」

「いえ・・・、ですから腕が取れちまって大丈夫なんですかい?」

「あーん?腕が取れるだって?何言ってんだ。腕ならここにあるじゃねえか」

そう言って髭の男は地面に突き刺さった剣と自分の右腕を見た。

「うん?あれ?俺の右腕が動かねえ・・・。いや?あれ?俺の腕が・・・腕が取れてる?・・・はれ?なんで?痛え・・・痛えよお!」
髭の男は泣き声をあげながら、必死に自分の右腕にしがみ付いたが、剣は地面に深く突き刺さり、引き抜くことはできなかった。

地面に這いつくばる男を背に、少年は足早に森の中を進んだ。

「なんで斬ったんですか?」少女は後を追いながら言った。

「すまないエミル。でも本当に時間がないんです」

「だから言ったじゃないですか。こちらから
話しかけて盗賊なんて止めるように説得しようって。もしも話を聞いてもらえなければ、ちょっと脅かしてあげればよかったんです。あなたほどの腕ならできるはずです。そうすればあの方たちも悪さをやめたでしょうに」

「そうですかね。説得するのも、脅かすのも、腕を斬るのも、あまり変わらないですよ。また時間が経てば、きっとやつら同じことをやります。だったら時間が掛からない方がいい」

「あなたはいつもそうです。任務、任務と言ってばかりで、それ以外の事はどこか他人事のよう。まるで血の通っていない人形のようです」そう言ってエミルはため息をついた。

「姫様のことも、もしあなたがもう少し真剣に行動してくれてさえいれば・・・」そう言ってからエミルは、はっと息を呑んだ。

「ごめんなさい、今のは私が言いすぎました」

「いや、いいんです。実際にそれが事実ですし」

「そんな事は・・・」少女が言い淀むと、青年は笑って言った。

「さあ、やっと森を抜けられそうです。カイムの街はもうすぐですよ」