尊き月の加護

淡く照らす陽の灯

物語開く時世界が始まり

物語閉じる時世界は終わる


歪みの暁

護られる理

儚き幻想は永遠の物語


夜の魔王様紡ぐは祈跡(きせき)の唄


陽の魔王様紡ぐは祈望(きぼう)の唄



暁の花に祈り


今 導かれる運命(サダメ)の者たち


風に紡ぐ悠遠の物語


暁の姫が紡ぐは夜明けの物語



想い重なる時世界は夢(おわり)から覚める




暁に浮かぶ翡翠の月



物語の終わりは始まりを紡ぐ


物語の終わりには夜明けが描かれており、作者の後書きが綴られている。


『この物語と言葉を夢想う者たち、最愛の夢見る者に遺していく。これは俺が最果てで託された物語、最後の作品だ。


お前たちを救ってほしいと心から願う者から、頼まれた。名前を教えることはタブーらしい。その辺は許して欲しい。


物語は想い。想いが、始まりを告げる風となる。


夢はいつか終わる。でもそれは終わりじゃない、新しい夢へと繋がっていく。


この世界は、正しくない。


でも間違いじゃない。


ーーこの意味を正しく理解したとき、それはお前たちを救うだろう。まあ簡単にはいかないだろうけど。がんばれよ。


短い生涯だったけど、俺には幸せしかなかった。よく出来た妻と希望の欠片がいたからな。

これを読むのが始まりか終わりかはわからないが、いつも願っているーー希望の欠片たちの幸せを。


いつだって親は子供たちの幸せを願うものだからな。


俺は何一つ後悔してない。希望があるから。


最高の結末を祈ってる』

氷雨の降り注ぐ世界の片隅で少年は独り空を見上げていた。



別に理由なんてない。気がつけば、雨の降る中空を見上げていた――ただそれだけのこと。



でも何故だろう。



ただ雨が降っているだけなのに、こんなにも酷く心が痛むのは。



誰も少年には目もくれない。始めからそこに何も無かったかのように。



そんな少年の前に淡い香りを纏った少女が現れた。遠く切ない、懐かしいーーそんな気持ちにさせられる香りが少女からはした。そう思う理由は、やはりわからないが。



漆黒の長い髪に、ローズクオーツのドレス。まるで物語のお姫様のような少女が、花が咲いたような笑顔を浮かべて。



「探したよ“魔王様”」

何か言葉を紡ごうとするが、思うように言葉が出てこない。



聞きたいことはたくさんあるのに。




少女は何も言わない。黒耀の双眸が何処か哀し気に見えた、気のせいかもしれないが。



「わたしはリシュティア。あなたの名前は?」



名前…………



思い出そうとすれば頭の中は空白。



少年は心の奥底では理解していた。ずっと抱いていた喪失感の意味を。



これは贖罪(しょくざい)。



少年がすべてを忘れたことへの。




その対価ーー失った記憶。



少女のことを何一つ覚えてないのに、初めて会ったような気がしない――不思議な感覚。



自分と少女の欠片だけ、綺麗さっぱり欠けてしまっている。



俺には何もないのか。大切な記憶(おもいで)も名乗る名も。




「――思い出せないのなら。わたしの好きなお花の名前あげる」



少年は瞬きも忘れて少女を見つめる。



「あなたはユーリ。白くてきれいなお花なの。今度一緒に見に行こうね」



ユーリ。それが俺の、名前。



降り続ける雨は冷たいのに、どうしてこんなにもあたたかいのだろう。



「……ありがとう」




唇から零れた言葉はぎこちない。それでも、少女のあたたかさは何一つ変わらなかった。


冷たい視線、好奇な視線が集まる中でも、それを気にした素振りはない。どうしたらいいのかわからない少年に少女は提案をする。



「わたしと一緒にお城へいこう?王様がきっと力になってくれるよ、絵本作家のお友だちもいるの」

「王様と知り合いなのか?」

「うん。わたしもね、王様に助けてもらったの。お城にいてもいいって言ってくれた優しい人」

「俺が行ってもいいのか?俺は――……」


記憶もない厄介者。


そんなものと一体誰が関わりたいだろう。もし記憶があれば自分だってそちら側かもしれない、それなのに少女は。


「わたしを信じて」


曇りのない瞳。


少年は今度こそ何も言わなかった。揺らぎのない瞳と言葉には、どんな言葉も敵わないのを知っているからーーーー。



少女の小さな手に引かれついて行く。


記憶が酷く曖昧で、瞳を開けたらいつの間にかここにいて、知らない世界がそこにはあった。自分の記憶にはない世界が。



雨の匂いが染み込んだレンガの路、黄昏色の建物、林檎の木々、黄昏の薔薇ーーどれも見慣れない風景だ。



少年の中には何一つ確かなものが存在しない。



動揺することもなく、置かれた状況に関心すら抱かず、空虚だった。何もかもどうでもよかったのかもしれない。あのまま死んでしまっていても。